「君はよく働くし、惜しい人材なんだがなぁ」
春の、暖かな日だ。小さな部屋の中で、彼は勤め先の上司と対面していた。
「どうしても、行くのかな」
上司の名残惜しそうな言葉に、彼は勤めて笑顔でええ、と頷いた。
「決意は、固いようだ」
妙齢の男性にあるシワを強くして、上司が苦笑する。
「もう、止めはすまい。」
「ありがとう、ございます」
彼は椅子から立ち上がり、部屋を後にしようとした。扉の影に消えようとした時、上司が背中から声をかけた。
「君は、どこへいくのかね」
彼は扉から半分顔をのぞかせて笑った。
「大切なヒトを、探しに行きます」



のどかな陽気を浴びながら、カオスは思う。
彼女はーサヤは何処にいるのかと。
あの日から彼も必死に探したのだ。彼女の行きそうな場所、好きな所頼れる人たち。
だが依然、行方は知れなかった。
嫌ってしまったのかもしれない。何かが彼女を傷つけたのかもしれない。なら、自分には追う資格などない。
でも、でも。
逢いたくて、仕方なかった。
探して探して、そうして季節は春になった。




広い池のある公園に差し掛かった。
のどかな陽気に誘われて、人々がポツポツ公園にたむろしている。
何気なく立ち止まってみたくなって、カオスは傍にあったベンチに腰掛けた。
何をするわけでもない、ただぼーっとするために。
しばらくそうしていると、隣に誰かが腰掛けたようだった。
(サヤ・・・ではないか)
胸の位置まであるロングヘアーに、Yシャツ、マーメイドスカート。小さいながらもしっかりとしたアーモンド形の瞳の女性。
あらかた観察し、視線を元の池に戻すと、その彼女が突然に喋った。
「サヤの彼氏さんですか?」





「なっ・・・・・!」
思わずその女性に視線を再び向けると、今度は彼女もこちらに瞳を向けていた。
「そうなんですね」
「貴女は・・・・いったい」
「申し遅れました」
戸惑いと驚嘆に言葉が継げないでいると、彼女はコホン、と一つ咳をしてこちらに向直った。
「サヤの古い友人のサユキ、といいます。本来ならこうしてお逢いするのは避けたかったんですが・・・ご無礼はお許し下さい。」
「サヤはっ!サヤのいる場所をしってるんですか!」
まくし立てる様に問うと、彼女―サユキは綺麗に整えられた眉を下げて言った。
「サヤは・・・・・ある病院にいます。」
「病院!?どういう事・・」
「落ち着いてください。説明いたしますから」
諭されて、カオスはすみません、と声を落とした。
それを見てサユキは申し訳なさそうにこちらこそ、と頭を下げた。
「サヤは貴方と暮らし始めてから後に、バイト先で倒れました。貴方の元へ帰らなかった、あの日です。
病院に運ばれた結果、彼女が元から抱えていた病気の再発でした。本来その病はそんなに酷くなるものじゃあないんです。
だから彼女も普通にしていた訳で。」
「それがまた再発した・・?」
「ええ。医者も首をかしげていました。けれど同時に・・・・・新しい病も発症していたのが見つかったのです。
抱えていたものより、そちらの方が事は深刻で・・・・」
サユキは言葉に詰まったようで、口元を押さえた。突然に彼女の目から涙が零れる。
「長くは・・・・生きられないと・・・」
「なっ!・・・・・」 彼女はボロボロと涙を零しながら尚言葉を続ける。
「彼女は言いました。これを知れば貴方は自分を責める、だから言わないでと。
それと・・・・貴方にこんな姿を見られたくない、貴方を1人にしてしまうのが恐い、と。
彼女は・・・自分が突然消えればいい、彼は私を追うけれど、この方がいい。
・・彼の前で死にたくはない、貴方に凄惨な過去を思い起こさせるからと・・・・」
「なんで・・・なんてことをっ・・・」
カオスは耐え切れずに顔を覆った。涙が止まらなかった。
サユキは彼を見つめながら、サヤの言葉を反すうする。
自分が目の前で死ぬ事は、カオスの過去を思い出させてしまうから。
両親が目の前で殺されたあの赤を、思い起こさせるからー
何処までも、優しい子なのだ、あの子は。
だから、余計に。
「だから・・・・今回私がこうして来たのは彼女の意志ではありません。あくまで私個人が動いたまで。・・・」
「どうして・・・」
サユキが顔を歪めて口を開く。
「あの子・・熱に浮かされて貴方の事を何度も何度も呼ぶの。カオス、カオスって。
それから泣くのよ。それを見ていると、こっちが切なくなるくらい。
何であの子・・人一倍繊細で心配りで、優しいあの子が、こんな切ない思いをしてるんだって思ったらやるせなくて・・・
貴方を探すのは苦労したけど。赤い瞳を聞いていたのに、なかなかつかめなくて。
まさかカラコンで隠してるとは思わなかったから。」

そう言うと彼女は立ち上がって彼を見た。
「来ますよね・・・?来て下さいませんか?あの子のために・・・あの子のCHAOS・・・いえ、修時さん。」
「なぜ・・その名前を・・・」
サユキはフッと表情を崩す。
「これも・・・貴方を思って、サヤが必死に探したのよ。貴方を分かっているようでいて、私は全然貴方を分かっていなかった、と。
貴方は分かっていたのね・・・自分の名を。どうしてあの子に言わなかったの」
カオス――修時はまいったなあ、と頭を抱えてうずくまった。言い知れない想いが、渦巻く。
「俺が凄惨な事故から生き残ったのも事実だし、周りから悪魔、災いと言われていたのも事実ですから。
・・・・・贖罪だったんですよ、自分自身への。ある日辞書で引いて、俺にピッタリだと思って。
名前を知る人もその時いなかったし、友と呼べる人も居なかったし。
それをズルズルと今まで引きずっているまでだから・・・」
「でも・・・もういいでしょう・・・?貴方はもうサヤにとって、CHAOSではないのだから・・・・」
彼は瞳をぬぐい、立ち上がった。
「はい。今度こそ、一緒に居ます」








白い壁に、ピンク色のカーテンがそよいでいた。
綺麗に仕付けられたシーツのベッドに、サヤは眠っている。
近づいて、そっと髪を撫でてみる。もともと細い髪が更に細い。
心なしか、少し痩せたような気もする。
やがてサヤがゆっくりと目を開けた。
カオスは紅い瞳から涙を零しながら、懸命にニッコリと微笑みかけた。



サヤの瞳から涙が溢れ出した。


サヤの頬にカオスの涙が零れ、彼女のものと合わさって流れ落ちた。

-END-
       

やっと、君に逢えた。