雨の音が今も耳にこびりついている。
それでも、あのヒトの声はしっかりと聞こえていたことも。







朝方から続いた雨が深夜になっても続いていた夜だった。
城内の見回りを兼ねていた散策に時間を費やしていると、目の前の薄く開いた扉からライムライトの光が差し出しているのが目に飛び込んできた。
静かにため息をついて、戸口に向かう。
こんな深夜にここに留まっていたところを見れられでもして妙な醜聞を広めたくはない。早急の退散を心に誓って、戸口から離れた所から声をかける。

「姫」

ベッドサイドのランプだろうか。その傍で窓を見上げて思案にふける彼女が、こちらを向く気配。

「夜気は御身体を冷します。どうぞベッドにお戻りを」

「私のナイト」


入っておいで。

そう声がしたと思ったら、ゆっくりとこちらに近づいてくる音がして、ギィィ、と扉が開く。
びっくりして忘れていた、主人の前にて慌てて膝をついた。

「姫ッ」

「私の部屋だもの、誰を入れようと勝手だ。おいで」

「ハッ・・」

こういうところが箱入りとはとても思えない。自分の意志をしっかり持って、他人に伝える。この時代にはあまり重宝されないだろう。かと言って、従順な主人も自分は好まないが。
頭を下げて、部屋へと入る。
女性らしいつくりの部屋に、ベッドは天がいがついている。大きな窓は晴れていれば見晴らしもさぞ良いものであろう。彼女は手元のイスを勧めてきた。
フルフルと首をふり、丁重にお断りさせていただく。

「私に何を今更かしこまるの」

彼女の柳眉がひそめられる。

「貴女は良くとも世間が許さぬのです」

「硬い頭ね」

「今更でしょう、それこそ」

そうね、と彼女は笑った。
外の雨音が強くなる。
2人して窓を見た。

「強まったわ」

「そうですね。明け方には止みましょう」

「貴方は」

ランプの明かりの中、こちらを捉えてきたのは強い瞳。



     +++++++++++++++



「貴方は」

強まった雨の中、片方は立ち、自分はベッドに座っている。
まったく昔気質の堅物だこと。
心中でつぶやく。

「私を、どう想っているの」

そう言ったら、オーキッドグレイの瞳が大きく見開かれ、驚愕に満ちていた。
そこからしばらく、雨音が2人の空間を支配する。
やがて見つめていた瞳から揺らぎが消え、こちらを改めて見返すこととなる。


「・・・・・・・・・・・お慕い、しております」


彼なりに、精一杯だったのだろう。声が若干震えていた。世間では主人に恋い慕う事がどんなに罪深いかを知っている。

勿論、私も。

だが、それが何だと言うのだろう。恋い慕う事を何故世がはばむのだ。位や金に捕らわれた結び合いの愚かさを、今までどれだけ続けていると言うのに。
立ち上がって、彼へと歩み寄った。
彼の前に立つと、頭一つ彼の方が大きい。自分が背伸びしてようやく届くかも知れないが。

彼から来ない限りは。

逞しい筋肉に包まれた腕にそっと手を置く。彼が途端、身じろいだのが分かった。

「触れて」

「ひ・・・・め・・」

「貴方から来なければ、私近づけないの」

分かるでしょう?見つめた瞳は今度こそ揺らぎを止めず、頬は羞恥で染まっていた。
また、そのまま時が止まる。




「・・・・・・お許しを」


やがて出たのは、謝罪。
ムッとしてその手首を掴んで、体重をかけた。
足を精一杯伸ばす。


ちゅ。


「容易なことよ」

「姫っ・・!」

「一生に一度の、我侭を聞いて頂戴」


今度こそ、観念したか。
屈み込んできた影に、目を閉じた。






(貴女に触れることすら罪なのに、私は貴女の中のエヴァの誘惑に負けた)