盗人が人を愛するなど、あってはいけないことだった。


あらんばかりの贅を尽くした屋敷。キレイに整えられた庭園に満月が合わさって、どこかの絵画を思わせている。
使用人の目を欺く事はお手の物で、いつものように離れの部屋の窓を目指す。
そっと、音を立てぬようにガラスを押し開ければ、想像通りの世界が視界を満たした。

きらびやかな内装。1つあれば貧民層が不自由ない暮らしを送れるであろうアンティークの家具。
サイドテーブルには花が一輪添えられて、なんとも女の部屋らしい、と思った。
窓際から少し離れたところ、天蓋つきのベットから規則正しい寝息が聞こえる。
探していたものを見出して、彼は足早にそこへ向かう。
ハニーブロンドのショートヘアがリネンの枕に散っている。
白のベッドしいて言えば本人のネグリジェも白。しみ1つないそれは、彼女の精錬さを表しているようにも見えた。

健康的な肌の色、その皮膚に覆われた顔は端正なつくりをしている。脈々とつづく貴族の血が、この女に現われているのだろう。端正な顔。眠るその眼窩の下には、宝石を思わせるミッドナイトブルーがある。
今この場で、間じかで見ることのないそれを見たいという欲求にかられたが、理性のほうが勝っていてやめた。

顔にかかっていた、光を含んで滑らかな光をはなつ彼女の髪をそっとどけてやる。
ビロードのような肌の感触に背筋がゾクッとした。



はじめて彼女を見たのは、貴族の集う舞踏会。
その屋敷の一番の宝の絵画がそこに飾られていたからだった。
こっそりとパーティの群集に紛れ込んで、盗み出す機会を狙っていた、時。
人込みを避けるように人のない自分の方へ向かってきて、ぶつかって。


「ごめんなさい」


彼女がハッと顔を上げた、その時に心を持っていかれてしまった。


「踊りませんか」


お詫びに、といったらそれはこちらがするものなのに、と苦笑して笑った彼女の顔。
なんて事だろう、盗人が奪われるとは。


踊った時間の短く、何と甘美で幸福であったことか。
もう、覚えてはいないだろうが、彼女は。



それから彼女は、望まない婚約をしたと聞いた。

この時代ではよくあることだ。一体どれくらいの男女が望んだ婚約を果たしたのか、というくらい。
案の定彼女は、甘んじて受け入れた。





嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ。

誰かのものに、なってしまわないでくれ。
永遠に輝きを放つ宝石のように、可憐な花のように、はにかんでいて欲しい。
そんな、そんな望まぬ事を甘んじて受け入れるなんて、君は何て残酷なんだ。

「待っていてくれ」

サラ・・と流れる髪に口付ける。

「君を絶対に、奪いに行くから」