指揮者、ヴァイオリニスト、ピアニスト、ギタリスト、…音楽家で1番短命なのは、音源により近い者。
つまり。
「俺の様に、音源が声、ボーカリストやな」
彼は、ハハハッと笑い、そう言った。
何故気軽にそう言えるのか、私は涙ぐんでしまって、彼を困らせたものだ。
金曜日の夜、小さなライブハウスで、私は彼とはじめて出会った。
ブルーカラーの瞳と、夜に溶け込む程の深淵な黒髪のコントラストが美しかったのをおぼえている。
「美人が1人でライブ観戦?」
屈託無く笑い、そう声をかけられたのが始まり。
ほっといてよ、と言ってもくい下がりやしなかった。
後々彼はその話を、時間をかけて口説き落した、と自慢げに語り尽くしていたっけ。
まさかホントに惚れるとは思ってなかった。
でも、普段調子良い彼がマイクを持った途端 。
変わるのだ。
瞳は碧い炎を燃やしたようになり、その黒髪をライトに撒き散らし、それこそ、命を削る様に歌う。
そのギャップに、堪らなく心が引きつけられた。
そのギャップが好きだった。
その瞳には私など映らないし、ただ己を別世界にワープさせて歌う。
なんて、なんて。
彼の側に居ようと思うのに、そう時間はかからなかった。
毎週金曜日の夜の小さなライブハウスで、私たちは一定の距離で視線を合わす。
今まで私すら居なかったあの碧い炎の世界に、私が映っている。そのことが、何より嬉しかった。
「側に居て、ずっと俺を見てて?」
ライブ終りの汗ばんで湿った身体に抱き締められて、かすれた声で囁かれて、嗚呼、死にそうなくらい幸せってこんな事なのかなと思った。
そして彼は今、CDの中で声だけが生き続けて居る。
私の、私の王子さまは、そしてこの世から、消えてしまった。
その、美しい瞳の記憶と、美しい声を機械に記憶して。
あの温かい腕に抱かれる事はない、あの声が好きだと囁いてはくれない、あの空気を感じることもない嗚呼どうしてなんで貴方は私を置いて逝ったの。
彼が死んで数日後、ポストに投函されていたCD。
それは私ですら聴いた事がない、未発表のLoveSongだった。
1人の部屋で、それを静かに聴いた。
美しい声が語りかける。
君と出会えて良かった、ただ君を残して消えるのが心残りだ、と。
泣いている、みたい。
“音楽家は、音源が身体に近ければ近いほど、死期が早い”
思い出す、その言葉。
だから、なのか。
残されたこの声は、嗚呼貴方の命、貴方そのものなんだ。
その命を音にして声に変え、削って削って削って。
貴方は、音楽を本当に愛していたから。
それでも私を愛してくれたから、愛する音楽に残して消えたのか。
涙が、嗚咽が止まらない。
私はその場に倒れ込んで、流れる涙を右腕で押さえる。
記憶の中の彼が笑う。
哀しげに、愛しげに。
碧い瞳が言う。
“君を愛しているから、君を残して消えるのが怖い
だけど僕は君の側に命の欠片を置いて行くから、それを見て僕を思い、やがて鮮やかな記憶にしておくれ
鮮やかな記憶の中に
僕は今も君を見て歌い続けるから
あの日のように…
君を愛していた
今もそう、君を愛している…”
ただ愛する者の為に命を削る芸術家
[The artist's life cut just for lovers]