私の生きる術は4つある。
1つ。 食べること。 2つ。 繋がること。 3つ。 眠ること。 4つ。 絵を描く事。 私は世間が言うところの、【画家】である。 ただ好きな絵を描いて、そのお金で好きな食べ物を買って調理して食べ、時に声をかけられた異性と一瞬だけ繋がって、ごまかすように眠りについて、そして絵を描いていたら、人々は私にそういう通称をつけた。 おかげで私は今より多少有名になって衣類も食べ物も良いものを食べられるようになって、時には香り高いワインも飲めるようになった。 そうしてそんな私の名声を聞き、私の絵を見て、今度は私自身を買ってくれた人がいた。 要は、パトロンだ。 芸術家はパトロンがいればある程度の援助を受けられ、そのツテで絵も売って貰える。 差別、偏見の集うブルジュワジーの巣窟であったこの時代、画家になるものなら誰しも憧れるのは、惜しみない金とツテを提供してくれるそんな高位なパトロンだった。 【君の絵が気に入った。君の絵が完成する様を、ずっと屋敷で見ていたい】 【俺なら、君をここに埋もれさせることはない】 【・・・おいで】 私を買った彼は若くして一族の当主となったうら若き伯爵の位を持つ美丈夫だった。 もともと絵画に関心の深い人物であったらしい。 ただ絵を描いているだけだった私にはまったく知り得なかったが、そして彼は来るもの数多の求婚を断る変人でもあると、街に出た時人々がそう噂をしているのを聞いた。 彼は私の現実と精神両方のパトロンとなってくれた。 現実では粗末な住まいであった私を彼の城の一室を与えられ、そこには今まで見たこともないような画材が、外にはクロード=モネの絵がそのまま飛び出してきたかのような庭園が広がる風景が与えられた。 絵に熱中しすぎて食事を忘れるようになった私に食事を与えてくれた。 豪華なものも嫌いではなかったけど、好きでもなかった私は当初その豪華を拒否したら、彼は目を驚くほどにまあるくしていた。 そうして、吹っ切れたように笑い転げた。 何がおかしいのですか。 そう聞いたら、彼は目尻に涙をため、笑いを堪えながら言った。 【君のようなものを初めて見た。豪華さを拒否すると、今まで誰も言ったことがない】 確かにそうなのかもしれない。 だが、質素な草原に生える野花の風に揺られる様を、たった一つのパンにかじりつく幼子の無垢な笑顔の美しさは、きらびやかさとはまた違って美しいのです。 私はそのような美しさが好きです。 そう言った。 彼は笑った。 【では、その美しさを君が俺に教えてくれ。俺が普段見落としてしまう美しさを、君が俺に教えてくれ】 そうして抱きしめられた腕の中の温かさと、見上げた彼の泣きそうな笑顔だけは忘れたことがない。 それから、精神面でも彼は私のパトロンになった。 綺麗な庭園を散歩したり、一回の食事を共に噛みしめて味わったり、時に心のさみしさを互いに埋めあうように繋がったり。私はそんな中での彼の笑顔をひたすら心の、現実のカンバスに書き写していった。 この感情の名前を消して口に出してはいけない。 そんな気がした。 私たちの関係はあくまで雇われ画家とパトロン、そういうこと。 私は彼に捨てられてしまえば、もう終わりなのだ。この関係も、何もかも。 だから、言ってはいけない・・・のだ。 そして春もまじかに迫ったある日、今まで断り続けていた彼の婚約が決まった。 相手は名のある侯爵家の令嬢で、勧めてきた祖父の面目と今後のネットワークを広げるためにも、彼は今度こそ断り切れなかったらしい。 美しい、綺麗なドレスを身にまとった女性だった。 綺麗な・・・女性だった。 彼は私のパトロン。 御金を出し、私の描いた絵を買ってくれ、紹介してくれて売ってくれるヒト。 いいえ。 彼は私の・・・ 『 』 【ただ一人、愛している女性だ】 彼女の描いた絵を見て、俺は口にした。 床の中から見る彼女の描いた、俺の若かりし時の姿。 粗末な中に浮かび上がる小さな美しさを彼女は教えてくれた。 嗚呼、あの時がとても懐かしい・・・・ 涙が伝い、シーツを小さな丸を作った。 目を閉じた。 遠くに彼女が見える。 あの綺麗な庭園で笑っている。 手を振って笑っている。 「今・・・・そちらにいこう」 伸ばした手は空を切り、白のシーツに影を落とした。 【君が婚礼の日、安宿で男に胸にナイフを刺され死んだ時からずっと】 【そして今際の際まで】 【君が居ない日々を君の絵を見て過ごした】 【君を想っていつもむせび泣いていた】 【この思いを口にしていたのなら、歩む未来も違っていたのだろうか】 【いいえそれでも】 【互いに愛した人を間違えたとは、一度たりとも思わなかった】 「あなたを愛している」 |