手触りのよいベルベットの生地が私の脚にからみつく。さまざまな光沢を見せて視界を魅了する。そんな中でも気持ちは沈んだままだ。酷くー気が重い。さらりとまた脚を伸ばす。


「君の肌がよくー映える。これを選んで良かった」


ベッドの向かいからにこやかにやってくる美しい彼、茶色のクセのある柔らかい髪に、青い眼。白い肌は陶器のようだ。私が思わず身惚れてしまう彼は、一国の領主であった。私が彼と出会ったのは、人々が行き交う市場で、お忍びで来ていた彼にぶつかってしまった事だ。彼のお付きにはさんざんに怒られてしまったが、彼は穏やかな笑みで私の手を引いて起こしてくれて、アネモネの花をくれた。すまない、私が悪かったのだ、けがはしていないかい、と。人々を幸せにするような優しい声だった。
私は吸い込まれる様な青い双眸に訳もなく惹かれたのは、言うまでもない。
やがて私の元に領主付きの下女という役目を与えるという一つの書簡が届く。訳も分からず領主の屋敷に赴き、本人に拝謁した時、私は驚きを隠せなかった。彼がそこで笑っていたからだ。



「私の我侭を聞いてもらってすまない」


今日からよろしく頼む。そう言われた私は茫然として彼を見つめたのだった。何故私を迎えたのだろう。訳が分からなかったけれど、割の良い仕事に私は頷くよりほかになかった。
そうして、彼との日々が始まった。彼はいつも優しく、政務の時には常に厳しく人々に接していた。それでも彼の人柄に皆がついていった。人々が優しく微笑む、それを誘っているのが彼だった。私はそんな彼に、まるで不思議の国に迷い込んだアリスの様に惹かれていったのだった。
この思いは決して叶わぬ。分かっていた私は日々涙にくれた。つらかった。叶わぬ相手の一番近くに居ながら、口にする事も、手を指し伸ばす事も出来ない。私はどうしたらいいのだ。
思いばかりが重くなる。ならば、いっそ辞めてしまえばいい。それなのに、彼と離れる事を本能が拒んでいた。私は結局与えられた舞台の上で役者を演じる他なかった。


三日月がベルベットのような空を照らし出す夜、私は彼の部屋で彼に呼びとめられ、真正面からこう聞かれた。君は私をどう思っている。私は大切なご主人さまです、とさしさわりなく答えた。
途端、私は彼の腕の中に引き込まれた。私より頭二つ分背が高い彼は、私をすっかり覆い尽くしてしまう。温かい彼の腕の中で、耳元にそっと囁かれる声。


「私は君を、一人の女性として愛している、と言ったら?」


そのように言ってはならない、と言うが早く、涙がこぼれた。だって私の方がずっと彼を一人の男性として愛している。ようやく、だめです、と声が出た。彼はその大きな両手で私の頬を押さえて顔を合わせ、泣きそうな声で言った。君までそんな事言わないで。
だって私は、普通の平民だ、と言った。だからどうしたと彼は言った。そんな壁は本来あってはならないんだと。あの時から、私は君に惹かれていた。だから君を呼んだ。私の我侭で。だから聞いてほしい。私の我侭だ、ずっと一緒にいて欲しい。永遠に。人に決して認められない事でも、私を愛して欲しい。私の最初で最後の我侭だ。
涙がこぼれて仕方なかった。それは私の声、私の言葉、私の思いだったからだ。私の我侭だから、一緒に居たい。私を愛して欲しい。私だってそう思っていた。
私のこぼした涙を、彼がそっと拭いとって口に含んだ。そして彼の唇がそっと舞い降りてきた。塩辛いその味が、まるで今の私たちの関係の様だった。哀しくて、舌を痺れさせる。それでも私は、夢でもいいからこれが覚めないように、と祈った。




私と彼は決して相容れぬ存在、これは禁忌だ。誰にも漏らしてはならない。誰にも知られてはならない。私は固く口を閉ざしていたが、縁談を頑なに断り続けた彼をいぶかしんだ側近が私たちの関係をうすうす感づいてきた。もう駄目だろう。私が殺されるのも時間の問題だ。優しい彼が領主であっても、周りがそうであるとは限らない。それは私がよくよく感じ取っていた。
ベルベットの敷物の隣に彼が忍んでくる。その白い手をそっと私の太ももに滑らせて、身体を密着させた。ニッコリ笑う彼は今も変わらない。その優しさが仇にならない事を祈るほか今はない。
私は彼の胸に顔をうずめた。どうしたの、今日はなんだか甘えっ子だね、と優しく笑う彼。そして顔を上げ、そのまま彼に口づけた。


「そんなに急かなくても、私は逃げないよ」


ああ、そうではない、そうではないのだ。涙を堪え、私は彼にしがみつく様にしていた。楽園はいつか終わる。それはきっと今日だ。アダムにそれほどの罪は与えられなかったけれど、きっとエヴァは違う。楽園を追放され、きっと悪魔に殺される。それでも逃げなかったのは、ひとえに彼を悲しませたくなかった。彼の傍から離れたくなかった。それだけだ。ならばせめて最後は、彼の腕の中で。私は彼に言った。私がもし死んでも、私は会いに行くわ、羽をはやして、会いに行くわ。そして真っ先に貴方にxするわ。なぜそんな事を言うの、と彼は勿論怒ったけれど、優しく私を慰めて、私を愛撫した。私はやってくる快感に身を任せ、そっと瞳を閉じた。




きっと次の朝には、首元に二つの牙痕を残した私の死骸が転がるだろう。
だがそれでも私は天に向かう途中で、羽を生やし物言わぬbutterflyとなって、彼にxをするのだ。
それまでは、貴方、さようならだ。愛おしい人。そして次の御世には、今度こそ結ばれよう。今度は甘い甘い、エデンの果物の様な恋をしよう。今度こそ、終わらない永久のエデンを。


                                                      

XXX


[But absent of Eden you, too painful, too!]




(BGM:L`Arc〜en〜Ciel「xxx」 singleリリースを祝して。)