[3 一瞬の逢瀬] 単純な話だ。 彼が狩られる者、私は刈る者、ただそれだけだった。 朝方の日当たりの悪い室内はまだまだ空気がひんやりとしていて、思わず身体が震えた。 その廊下は静かに長く、そして私を迎えていた。 最早日課になってしまった、彼との逢瀬。 まるで無機物のように変化の無い彼が始めて変化した『私』と言う存在。 それから担当になってはや幾年が経ったのか、記憶することすら滑稽だ。 彼が有機物になる時だけ、私は無機物になる。 そうして対峙しない事には、私は彼のお気に入りではいられないのだ。 やがて『彼』のいる部屋の扉が姿を現す。 その扉のノブに手を掛ける前に立ち止まって、準備をする。 3。 2。 ・・・・1。 重厚な扉の音と共に、私は彼の『私』になる。 無機質な壁。無機質なイス、そして彼。 白の囚人服に身を包んだ姿はさながら天使のようだ。 『彼』は微笑む。 人を殺し続けた、『彼』が微笑む。 しばらくの沈黙を破って、彼が静かに口を開いた。 「何を」 脈絡のない無機質のような会話にももう、慣れた。 「考えてるの」 「何が」 彼は私の瞳を捕らえると、嬉しそうにニッコリと笑った。 「僕の部屋の前30a、ドアノブに手を掛ける前に貴方は3秒溜める。何を、考えてるの?」 教えてよ。そういう彼の口元は引きつっていた。 「教える必要なんか、ないわ」 「冷たいね」 「ええ」 2度目の沈黙。その瞳はただ無表情な私を映す。彼の瞳に映る私はとても人間とは思えなかった。 やがて沈黙の中ふっと息を吐き出した彼がはじけたように笑い出した。 「ふはははっ!あはははっ!ははっ!・・・っ君はいいね。とてもいい」 「そう」 「僕はそんな君が好きだ。僕を拒みもしない、受け入れもしない、中途半端な感じ。俺を生きていると感じさせてくれる」 「そう」 「なぁ忘れないで。そんな君も好きだけれど、有機物の君も好きなんだ。感情豊かに僕を追い詰めた君。あの激しい君も好きだよ。 あの激しい感情を受け止める快感がたまらなかった」 「だから僕は君の手助けをするんだ。僕以外の虫けらが君を殺すのは許せないから。いいかい」 ―君を殺すのは、僕なんだからね。 ―そして僕を殺す権利があるのは、君だけなんだ。 「さあ、今日はどんな虫けらのやらかした事件だい?」 「これよ」 そして彼と私の唯一の通気口の前で、私は分厚い書類をバサリと落としつけた。
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