お前をこのようにしたのは私だ。
だが私には後悔など無い。


そもそもに、人間界に行こう等と考えたのが間違いであった。
何故そう思ったのかは分からぬ。
ただそこにある櫻が、何よりも美しいと聴いたから。
それだけだった。

我が出歩けるのは、夜闇。
酔いの回った人間どもには我は『鬼』に見えるというらしい。
まぁ、実際そうなのだから気には止めない。
鬼とて美を愛でる心もあろう。
とある有名貴族の屋敷の庭にふわり、と舞い降りた。
月が白い庭を照らし、よう見える。
櫻が何と美しい。
とー。

「そこにおるのは、だれそ」

鈴の音を震わす声が聞こえた。
思わず振り返る。
簾越し、ゆっくりと開けられた。

「おう・・・」

例えるなれば、この世におわす生きた桜。
涼しげな顔立ちが何ともいえず愛らしい、女だった。
思わず、笑みが零れる。

「ここらで評判の櫻とは、木ではのうてそなたの事か」

女がびくりと震え、やがてしっかりとした声で返して言った。

「人の評判はまるで生き物。成長し、華美にされていったのでしょう。鬼の世界にも届く程」

「我の姿を鬼、と捉えるか」

細く白い首が縦に落ちる。拍子に美しい黒髪がさらりと肩に一房流れた。

「この世に無いものほど、美しい姿をしていると聞き及びまする。貴方はまるでこの世のものではない」

「ははっ、褒め言葉、と受け取らせて頂こう。だがそれは、そなたもじゃ」

ふわり。舞い上がれば、女が桜色の唇をあっと開けた。
綺麗な色、だ。
素直にそう思った。

「そなたもまるでこの世の者とは思えぬ美しさ。今宵はそのようなそなたを見れただけで満足じゃ。また参ろう」




櫻が散るまで。
そう決めて、我は足しげくあの庭に通うた。




櫻も散り行く頃に行った時、女が普段とは違ったくらい表情で入るのに気がついて思わず声をかけた。

「浮かぬ顔じゃ、何があった」

女が重々しく唇を開く。

「・・・・・宮入が、決まりました」

「良かったではないか」

「貴方はっ・・・」

隣りで顔を上げた女の瞳が切なげに揺れた。
泣きそうであった。
何故じゃ。女にとって最高の出来事であると聞き及んでいるのに、何故こやつはこんな顔をする。

「・・・・なぜ、そのような顔をする」

女は重く閉ざした口を開く。

「貴方が・・・・私の心を奪ったせい」

驚愕で空いた口が塞がらない。再び貴方のせいだ、と女が言った。

「貴方に心奪われてから、この話は地獄にしかならぬ」

「・・・・・この世の地獄など容易いわ」

ハッとあざけ笑ってやっても、女は静かに力強く言葉を続けるのみであった。


「私はもっと・・・更なる深遠、奥深い地獄でも良いとゆうているのです」

強く、ただ強く言った。
しかし、その横顔の強さに、思わず引きつけられていた。
溜め息を吐き、その場にドガッと腰を下ろした。

「・・・・出会うべきでは、なかったのう。もっとそなたが我を憎むよう、陵辱でもしてやるべきだった」

とんでもない事をさらと口にしてやれば、女はやっと怨念を吐き出す。



「憎んで、おりまする」



「ほうか」

その言葉に、我は笑う。
女がこちらを向いた。決心した顔、強い眼差し、桜色の唇。

―ずっと、奪ってやりたかった。

その唇が、ゆっくりと呪詛を紡いでいくのを、月明かりの下で見つめていた。



「憎めない事が、憎い」




―愛して愛してしまったが故、憎めない。それが、ただ憎い。
そのような自分になってしまった己が、そして、そのような自分にしていった貴方が。
ただただ、憎くて溜まらぬのです・・・・・








[そして我を思えば良い]


















反省→何か書きたくて書いたため超ザックリ
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