「おかえり」 珍しく先に起きていたカインに出迎えられて、ちょっとどぎまぎしてしまった。 「ただいま。珍しいわね、起きてるなんて」 ニッコリと笑って問いかければ、彼は何故だかムッツリ顔だ。今度はきょとんとしてしまった。 中に入って、カインの背中を追いかける。 「どうしたの?嫌に不機嫌」 キッチンで立ち止まった彼の背中に身を預けて聞いてみたら、カインは急に振り返って自分を抱きしめた。カインの方が頭が上の方にあるので、こうなると完全ガードされたような状態になる。空気が怒りを含んで震えていた。 「・・・・・どうしたの」 その力が強くて、少々押し戻しながら怪訝な声をあげた。カインは長い沈黙を保った後、ふて腐れたようにポツリと呟いた。 「・・・・・・・・・・の匂いがする」 「え?」 「ルナ」 ぐいと顎を上げられたと思ったらカインは急に唇を重ねた。犬歯が当たるほど強く。 「んっ・・・ふ・・んんんんっ!・・・んんんっ!」 力で適わない事なんか分かりきってるから、その胸を思い切り叩く。それでも彼は止めようとしてくれなかった。そんな風にしてほしくないのに。苦しさと動揺で涙が目尻を伝う。 「んんっ!んんん!・・・・・っは・・」 心に呼びかけていた声がようやく届いたのか、彼はハッとしたような顔で唇を離した。しかしすぐにきつい表情に変わり、今度は咬もうとしてくる。 「っ・・カイン!・・」 拍子に急に力が抜けてしまい脚がガクリと床に崩れる。カインはそれを寸で支え、今度はやんわりとした力でこちらを抱きしめて誰?と言った。誰?ルナ。 「・・・っ・・・ふ・・・なんで・・・?」 泣きじゃくる私に戸惑いと怒りを含んだ声が上から降ってくる。 「・・・纏う空気に、違う匂いがした・・・・いつもと違う匂い・・・誰と会った?・・・人間の男?ねえルナ・・・お前の傍で笑う男・・・誰?」 「・・・ちょっと人とぶつかっちゃったの・・それでしばらく話し込んでた・・・」 目を見開いて、カインの表情が固まった。心は戸惑いが大きくなっている。彼は戸惑っている。でもそれに声をかける力はなかった。動揺、している。 「・・・・・・・・俺はいつも傍に居てやれない・・・・・」 突き刺すような囁き声が耳元で泣いた。その痛さにじんときて、また涙が出る。 「居てやれないのだ・・・俺は罪人で化物だから・・・自らそうなった愚か者だから・・・ルナの傍に、いつでも居てやりたいと思うのに・・・誰かが居ると思うと苦しいのだ・・・ルナが誰かの傍で笑うのが苦しい・・・・・・笑うがいい・・ルナ。笑え」 カインの頬にそっと手を添えてその瞳を見つめた。 涙で霞む視界に、彼の瞳が映った。紅い目、血の涙を零しそうな真っ赤な瞳。ああなるほど。そうか。 「・・・・しっと・・・してくれたの・・・?」 「ああ・・・・」 「だから・・・ないてるの・・・?」 「ああ・・・・」 考え事がいっぺんに吹き飛んでしまった。 その胸に飛び込んだ。ひんやりして、でも骨格が、筋肉が感じられる逞しい身体。 罪人でもいい。 ヴァンパイアでもいい。 「いいよ・・・・」 貴方も同じ思いを抱えていたの、分かったから。 傍に居たいって思ってくれてたって。 「おもってくれて・・・うれしい・・・」 「ルナ・・・・ごめん」 ―これが、俺だ。これがヴァンパイアだ・・・・・怖いか・・・? 「こわくないわ・・・・」 それこそ、今更よ・・・ 再び顔を上げたら、今度はそのまま押し倒されて、優しいキスの雨が降ってきたから、安心して泣きじゃくった。 ああ、何かカインと居ると泣いてばっかりだ。 弱虫になったのかな。 「俺のせいだ。俺がルナを泣かせているだけだ・・・・・・・」 そうして私を床に縫い付けるカインの瞳はまだ深紅のまま、赤い涙を流して私に口づけた。 「カイン・・・・泣かないで・・・」 解いた手で、カインの流す赤をそっとぬぐった。カインは止めろ、と優しく応えた。汚れてしまう。 「・・・・俺はいくら醜くなっても構わない・・・・」 彼の手は床に散った私の髪を一房すくって、いとおしむように見つめた。そっと口づける。 「だが・・ルナを汚したくない・・・」 私の手についた赤い涙を唇で吸い上げた。唇も、腕の感触も内なる筋肉も、皮膚に触れる彼の感触が全ていとおしい。 それゆえに彼の感情も流れ込んできて、私は胸が痛くなる。 「君を愛すれば・・どれだけ君が汚れてしまうかも知っている・・・でも好きだ・・・全てが愛しくてたまらない・・・・」 貴方は本当に犯罪者なのか、と思うほどに彼は純粋で。 私などより、感情を知っている。 彼からもう目が離せなくて、離したくなくてたまらなくて。耐え切れず、呼んだ彼の名は掠れて干上がったような声にしかならなかった。 「・・・・かいん」 「ルナ・・・・・・許せ・・君を愛した事・・・許して欲しい・・」 私に何度も何度もキスを落とすカインはまるで禁忌を犯したように何度も何度もそれを繰り返していた。 (デレデレなシチュなはずなのにカインがヤンデレたので没。) |