星のない都会の空は、ただ真っ黒だ。
まるで、あのヒト。
まるで読めない、キケンで危うくて、それがとてもいい。
この間も私は、あのヒトの為に女の子を殺した。
駅のホームであのヒトと目が合った、一緒に居る私ですら合わせられない、あのヒトと。
殺してやりたかった。
ただ殺すだけではダメ。あの人に捧げなければ。
毎日観察して、帰りが遅い時間がたまにあることを知って。
誰も居ない、街中の十字路で殺した。神の磔にも似た戒めの十字の場所で。
あのヒトは私を見て、アリガトウ、と言ったわ。
嬉しくて、私は泣きそうになってしまった。
あのヒトが、笑ってくれたから。
あのヒトの、為。
愛するあのヒトに、私は時折捧げモノをするの。
今日はあのヒトが、私を誘ってくれた。ご褒美だよ、と言って。
駅の地下通路、あそこは普段から人も少ない。
2人きりで逢いたいと、言ってくれた。
私のココロは、弾んでいた。
ああ、いたわ。あのヒトが壁にもたれて待っていた。
ねえ、今日はご褒美でしょう。私にキスして?
いいよ、と頷いたあのヒトは私を壁に持たせかけた。
目を瞑って、と言ったから、私は瞼を閉じた。ドキドキする。


ザシュッ!


え?


ブシャアアアッ!!


赤。

赤赤赤あかあかアカ。
赤く赤く赤く。

一瞬にして、世界が赤になる。
私の視界は、赤に染まって。

なんで何でナンデナンデナンデー


意識が、途切れた。



                      
                  

「2人同じ場所でやられたか」
「そうね・・・」
ぼんやりと呟いて、ルナは8・9人の現場となった港横の船発着場所に目を向けた。薄闇の中、まがまがしい血の跡点々と付いているその場所は空気がよどんでいるような気がしてくる。はるか向こうでは街のネオンが小さく密集して光っていた。軽くため息をついて視線を元に戻すと、カインはしゃがみこんで現場の痕跡を見つめていた。今日は2人ともYシャツにパンツ、私はコート、カインはツイードのジャっケットを着てきていた。秋に差し掛かるとやはり少し冷える。カインは寒さを感じないから別に良いといったけど常識的にオカシイので着てくれと言ったのだ。まず人間を疑われると言ったら正直に着てくれてたので良いとしよう。気持ちを現場に戻してそっと瞼を閉じ、集中して手をかざす。こうするとちょっとよく読める。勇気がいるけれど。
・・・・―
―道を歩いていて、2人は誰かに付けられているのに気づき、気づけばこちらに逃げてきた様だーふるえる呼吸恐怖、涙。「やばいよレナ」「なにアイツ・・・」コツコツコツコツ。ここまできてもアレはやってくる。何を持っている?ナイフ?長めのギザギザが光って見えた。・・・笑う口元・・・「ジュノ!きゃあああ!」ブシュウ!何アレ。追い詰められて、ジュノは刺された逃げ場がないーやめてやめてやめてー・・・・ザク!・・・血の痕・・・
―・・・・・
ハッ。―・・・・・
ガクンと膝を折ってそこに両手をつく。耐えられない。
「っ・・・っ・・」
記憶が途切れて、ようやく現実に返った。気持ち悪い。額に冷や汗が滲む。全く事件現場なんてろくな光景じゃない。心配そうに見つめてくるカインに、私は途切れ途切れな言葉で呟く。
「ナイフで殺し、・・・でも血は残ってる・・・なんかヴァンパイアの気配が・・・薄いわね・・・今回は関わってないのかしら?」
「資料には2つの牙痕発見せり、とある。遺留品はないのか?」
私は再び集中し、力なくかぶりを振った。
「海に捨てられて・・・・・・・見つからない。・・・・・警察が捜してないから、もう流されたかしら・・・」
カインを見ると、彼はその瞳を閉じて現場の地面に手を置いてしばらく集中した後、目を開いてうなずいた。
「そうだな」
立ち上がり、パンツに付いた汚れをパンパンと払う。
「一応捜索を願い出てみよう。上手くすれば見つかる可能性もある」
「そうね・・・・っと・・・・」
不意を付いて流れ出した着信音に反応し、慌ててコートのポケットから携帯を取り出して出た。「ハロー?」
カインは尚も現場に意識を集中している。カインの方が能力者としては高いから思念も読めるんだろうが、専門ではない。彼は物を読む能力者だから、物がない件に関して、彼はちょっと苦しそうだった。
「どうしたの?まだこちら・・・は・・」
通話口から聞き届けられた情報に、顔が青ざめていった。
「それでもどうも1人ではなさそうだな・・・ヒトとヴァンパイアの気配がかすかだが混じっている・・・どうしたルナ?電話は何だ?」
携帯をパタン、と音を立てて閉じ、ルナは青ざめた顔ではっきりと言った。
「10人目が出た」




「お疲れ様です」
険しい顔つきの警官の出迎えが自分がこの目で見ずとも凄惨さを物語っているようだ。げっそりとした彼の目は心なしかよどんでいる。吐いたんだろう、な。
「現場は」
「こちらの地下通路です。出入り口は既に封鎖してあります」
「ご苦労様」
適度な言葉でねぎらってやり、そのままKeepOutのテープをくぐった。カインを見た警官が、オイあんなカッコイイ警部いたっけかと呟いていた。まあ彼秘密だしな、一応。
コツ。コツ。コツ。
地下通路なせいか、靴音がリアルに良く響く。
そこは普段から人通りが少ない事でも知られており、昼間でも浮浪者がよくいるような場所だった。
薄汚れたタイルの天井。かろうじて明かりは付いている。
現場は地下通路の丁度中間くらいだ。目印などなくても、そこだけ赤く黒ずんでいて、見た者を無言で脅かした。現場を見慣れているものでさえその血の跡はぎょっとするものがある。目の前で立ち止まり、現場を食い入るように見つめるカインに呻くように囁いた。
「・・・・・・・・・もうあえて現状語る必要も無いでしょ。被害者達はみな同じようにして殺されていた。だけど、10人目のこの子から、派手に出た・・・らしい」
「スタイリッシュな光景だな。頚動脈一切り、ってとこか」
ぴゅーっと口笛を吹いて何とも軽いノリで返してはくれるけれど、この遺体はちょっと惨い。
おぼろげな明かりの中で、タイル地の壁にはおびただしい血の後がべっとりと付いている。激しい返り血は天井にまで達していた。壁に立てかけられるようにして転がる遺体の生命の灯火を失った瞳はまるで色つきガラスのように周辺を映していた。右の首はぱっくりと割れている。
通路の入り口と出口はまだ立ち入り禁止のテープが貼られているため人は入ってこない。まあ入ってきてもコレを見たら逃げ出したくなるだろう。
「ガイシャは20代の女性。身元はまだわれていません。此処の地下通路はホームレスが風しのぎによくやってくるそうなんですが・・・・発見者もホームレスで夜をしのごうとここにやってきたらしいです。そうでなきゃ普段は人も通りませんよ。夜は特にね。本人は腰が抜けて今口もろくに聞けません。それとやはり手首に2つ、咬み跡らしきものもありますね・・・・調べてみない事には何とも言えませんが」
捜査員の1人が困った、と言う声で死体を検分しながら呟いた。
「頼む」
説明を一通り聞き、カインがそれに頷くのを見ながら、私は取りあえず思念を読もうと力を込めた。
ズリュウ・・・・
(っっっ!!)
途端、ぬめぬめした音と共に一瞬にしてそのやり取りが遠くなっていく・・・・

――・・・・・・
―アナタノタメニ殺しましたアナタノ心アナタノ力となれるようワタシはアナタニササゲモノヲスルワ。・・・・アナタノアナタニ捧げるあなたを汚したオンナヲ殺し殺し殺しコロス。・・・「ありがとう」アアアアアナタガ笑うならいくらでも殺すわ・・・
―ねえ・・・キスして?ご褒美アナタカラノアマイキスヲ・・ビシャアアアア!!飛び散る赤。コレは何々?え?ナンデナンデナンデアタシアナタノタメニアナタヲアナタヲアナタニササゲテイタノにナンデナンデナンデナンデ・・・・
・・・・・・・・―
(なにっ・・・コレッ!!)
ハッッ!!――。
いつもと違う軟体動物にも似た思念の波を必死になってそれを引き剥がす。バリッ!と音のない音が自分の中で響いて、そのまま悲鳴をあげる。痛い痛いイタイ何これ?!自分の意識も一緒に引き剥がしてしまった、そんな痛みが身体を貫いて通り過ぎた。痛みが通り過ぎてからようやく心の悲鳴が現実となって口から飛び出した瞬間、意識が一瞬飛んだ。
「イヤアアアアッ!」
ガクンと首を折ったルナが突然叫んでその場で膝をついて倒れこんでしまった。
「ルナ!」
ただならぬ空気を感じ取ったカインが振り向いた時にはもう遅く、ルナの意識が朦朧としているのを読み取った。崩れ落ちたその身体を引き上げてその華奢な肩をやんわりと支える。
「大丈夫か」
しゃがみこんだルナは口には出さず弱々しく、頭をコクコクと何度も縦に振ったがどう見ても顔が青白い。息が荒くなっている。自分も読めたようなあの光景だけではないだろう、と即時に悟った。
「何が見えた」
口頭で聞いてみても心を読んでみても、彼女からは沈黙しか返ってこない。そのまま彼女はただ酸素を必死に取り込むように息をしているのを見取って、カインは顔を歪めた。
答えられそうに、ないか・・・・
倒れてしまった拍子に崩れた彼女の髪の毛をそっと直してやる。それでもまだ震えは止まらず、ひゅー・・ひゅー・・・とあえぐような呼吸が続いている。しばらく見守って、カインは心の中で舌打ちした。
(キャパオーバーだな・・・)
ルナの協調量を情報が超えつつある。能力はこれだから厄介なのだ。見えもするが、見えすぎてしまう。カイン自身は感応という力を持っていないものの、その苦痛は計り知ることが出来た。髪の毛を撫で、その手を頬に移して冷たくなったそれをそっと撫でた。
「見えすぎたな。少し出よう、ルナ」
身体を支え、かろうじて立ち上がったものの、足取りはおぼつかない。
「歩けるか」
「ん・・・・」
「出よう」
「ま・・・て・・・かいん・・」
か細く、彼女がそう言ったのを聞き逃さなかった。
カインは目線を合わせ、その瞳を見つめる。
「なんだ」
「もちょ・・・と・・・・・見てみる・・」
「バカをいうな」
カインは怒ったような声でルナをたしなめる。ビクッと彼女が腕の中で震えたが、そんな事は気にしていられなかった。
「そんな状態で読んでも今度は失神するぞ」
「で・・・も」
「お前の精神感応能力は現場の思念や人体から被害者の当時の精神状態やそこに残る記憶を見るものだろう。それにはルナの健康・精神状態も左右するんだ。今のルナではダメだ」
「10人も・・・・ころした・・・のを・・のさば・・・らせ・・ない」
そう言ってポロリと一粒の涙を零した。それを何故か美しいと思う自分がいた。弱々しくもその瞳の奥の光は一向に薄れてはいない。これ以上のさばらせてはいけないの、カイン。彼女がそう心で訴えているのが聞こえた。
(月の光のようだ・・・)
まっすくで、揺ぎ無い光で心にさしこむ。
「俺もいるってこと忘れていないか?俺は無機物・・遺留品なんかの思念のみ対象が専門だが、足りないところは俺がカヴァーする。安心するがいい」
そういって彼女の繊細な身体を引き寄せた。
「眠れ」
そう呟いた途端、彼女の身体からガクンと力が抜け落ちた。途端崩れ落ちる身体を寸での所で受け止め、抱き寄せる。冷たくなった身体、なのに髪の毛は汗でべったりと顔に張り付いていた。それを一つ一つ肌を傷つけないようにして剥がして顔から退けてやる。そうしてからカインは自分の胸の中で気を失っている彼女を切なげに見下ろした。
「ルナ・・・・・」
人間の骨と肉の温かい感触。女性的な柔らかさと温もりがこの死した肌にしっとりと馴染んだ。現場の血の匂いに敏感になっているせいもあろうか、軽く渇きも覚えはじめていた。首を振って歯をかみ締めた。ブツ、と唇が切れる音がしたがあふれ出したそれを舌で舐め取った。自給自足のその行動に軽く自嘲の笑みがこぼれた。




















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