2人目。ジェシカ=サトウ。28才。会社帰りに友人3人と外食をしている最中姿を消す。友人達の話によれば電話を受け席をたったまま戻ってこなかった。
その時はさして心配しなかったが、店から出ても戻ってこない事から家に電話したが出なかった。さすがに心配になって警察に行こうとしたら還らぬ人で発見されてしまった。
「後頭部に殴られたと思われる痕が十数か所。首に2つの牙痕。防御創があることから多少抵抗はした模様。暴行の痕はなし。・・・・やり方は形式ばっているのね」
読もうと試みるもやはりそれらしい思念は読めそうになかった。
「三叉路(サンサロ)・・・か。俺の言ったこともあながち外れてもいなさそうだぞ、ルナ」
現場をぐるりと見渡して、カインがポツリと呟いた。
「そうだといいわね。・・・カインは昼間まったく起きられないということはないのでしょう?」
「突然何だ。起きられなくはない・・・日差しが多少さえぎられる部屋なら昼間でも。それがどうした?」
「一応書類・・というか事件の把握を2人でしておきたくて。現場でいちいち説明するのもかったるい」
「俺は一向に構わないが。相棒、だしな」
「ありがとう。ついでに私の髪の毛で遊ぶの止めてもらえないかしらヴァンパイア」
ちら、と横目で流せば、彼は軽く苦笑を漏らしたようだった。
「この感触がたまらないのに」
不敵な、それでいて妖艶に笑みを向けたその顔に思わずカッと顔が熱くなるのを押さえ、現場に再び視線を戻した。
「・・・・・十字路、三叉路・・呪的な意味、ね」
「ああ。ヴァンパイアに最も有効なのは杭だ。その杭を打ち込む祭に恐くなった人間・・・心臓の小さい奴らには十字路や三叉路で焼き殺せば良い、と言う事らしい。またその昔、自殺者は道の交差した地に埋葬された。蘇らないように」
「ああもう分からない。それを何故人間でやらなきゃいけないの?いくら呪的な意味が存在するにせよ、ここに人間をおいてなんになるの?」
やけくそ気味に言い放つルナをなだめるかのように、カインが落ち着いた声音で答えた。
「そう難しくなる事のないのではないか。霊的な場所のここを単に汚したかったのかもしれない」
ルナはじれったくなって両手を前に突き出してストップ、とカインを制し首を振った。
「オーケー分かった。それは置いておくわ。ややこしくなる一方よ。いずれにせよ犯人は待ち伏せをしていた。彼女を狙っていた。電話を受けた、と報告書にはあるけど、実際は違うかも。たまたま電話があって、ついでに外に出てやられただけ。いずれにしても狙うつもりではあった」
「被害者達の共通点はいずれも若い女性、2つの牙痕。特徴的なものはそろってはない」
右手が自然と頭を抱えていた。いずれにせよ材料が少なすぎる。やああって、その手が離れてくれるのを視覚が確認すると、頭をあげて空を見上げた。
「・・・・・貴方の言うとおりね」
「うん?」
「私たちが・・・・能力者ができるのはいずれにしても読むことだってこと。カラッポの現場では私は何も出来ない」
「ルナ・・・」
思いを振り切るように、ルナはさりげなく言葉を続けて言った。
「行きましょ。3・4人目の現場も一応見ておくに越した事はない」



3人目と4人目を見終わり、収穫無くそのまま署に戻った。地図を頭に入れに行った、と言うほうが正しいのかもしれない。今は携帯の3D地図ビューアで現場を立体で見れるようになったにせよ、自分で頭に入れたほうが覚えが良い。
自分のオフィスの椅子に腰を落ち着けたところで、深くため息をついてから目の前で欠伸を噛み殺しているカインに向き直った。
「眠いなら、仮眠取ったら?事件整理はその後でもいいわよ」
「いい」
くあ・・・と音のない欠伸をして、腕を伸ばした体制のカインが即答する。髪の毛を両手で後ろまでかき上げて、抑揚のない声がその場にこだました。
「ルナが働くことになってしまうから」
「いいわよ」
さらりと返したつもりだったのに、何故だかカインに睨まれてしまった。そのままつかつかと歩み寄ってきた彼は、反比例した優しさで片方の頬を撫でた。
「俺が今仮眠取るより、口移しでルナに睡眠導入剤飲ませる方が早いぞ。ここ2・3日寝ていないだろう」
薄く開いた唇から犬歯がこぼれて、白い輝きを放った。瞳が薄暗い部屋で煌々と輝いている。
「・・・・・人間それくらいじゃ死なないわよ」
よし、もう赤くならずに反論も出来る。心の中で思わずガッツポーズを作ってしまって後悔した。目の前のヴァンパイアがこれまたすごい勢いで睨んでいる。それにしてもよく表情が変わるヴァンパイアだこと。
「・・・・・・・・死なれても困る」
やああって聞こえたその言葉に一瞬はた、と顔が固まって考えてしまった。どういうことだろう。カインは押し黙っていたが、やがて根負けしたのか私の髪の毛を一房持ち上げて、そのまま肩に落とす動作を繰り返した。
「・・・・終ったら、無理矢理でも寝かすからな」
残った髪の束にちゅ・・・と余韻を残す口付けを落とされて、真剣なアメジストの瞳がこちらを見上げた。訳の分からない鼓動が、心臓の鼓動がして、顔がカアアアと赤くなったと思いながらも、その場で息が詰まる。そして視線が絡み合ったまま時間がほんの少し止まって、解けた。カインが私の髪からそっと手を離して傍にあったイスに座る。
「・・・・説明、してくれ」
「ん・・・」
空気が悪い、と思うが改善したいとも思えなくて、ボードに向かって、事件概要を書き出していく。
キュ、キュ、キュ。マジックの音が耳にへばりつく。カインが後ろからじっと見ている気配がしている。見られている、という状況に反応して書く速度が徐々に遅くなってくるのが自分でも分かった。
「今までの、コロシの中で共通点は2つ。皆若い女性であること。そして体のいずこかに2つの牙痕らしきものが確認できる事。その2つの穴の周辺皮膚から唾液らしきものは出るがヴァンパイアとも断定できない。どれも解析できるほどの量を取れなかったから、というのと唾液がないのもあったから。殺し方もさまざまだし、血がないのもあればあるものある。暴行の跡は今の所なし。・・・・ということは暴行目的ではない、というのが1つの結論なのだけれど」
「血がないのもあれば、あるのもある・・・・ならば血を吸うことがメインでもないのか?」
足を組んで座っているカインがボードを見てぽつりと言った。頷く。「そうね」
「血。赤。神秘の色。生き物を支配する血。取り付かれすぎる程に愛してしまったのかしら」
「ふん、いっぺん取りつかれてしまえばなんてことない。血は生命だ。生命そのものだ。人の命を取るほど快感な物はない」
「貴方、も?」
「ひとぎぎの悪い」
そう口にしてああもう人ではなかったな、と自分で苦笑した。
「話を戻すようだけど」私はボードを背にしたまま彼を見返した。
「血は生命というのは何故?」
カインは傍に鎮座していたデスクを手の甲でコンコン、とノックした。「人間の書物曰く」
「あなた方の魂のために、祭壇の上であがないをするために、私はこれをあなた方に与えた。血は生命であり、あがなうことができるからである≠ツまりは」
カインは脚を組み直し、デスクに右手で頬杖をついてこちらを見上げた。
「血は生命であると同時に、禁忌でもある。だからこそ犠牲として成り立つ。だから救世主は人類の為に血を流したと。同時に、命であるから他者との交換は禁じられた物として考えられている。この文句は神が血を創り与えた意義を説いたものだが、血は命の典型的思考として存在している」
「・・・神が創った物だから、と?」
ツツツー・・・・・。彼の細くしっかりした指がデスクをこする様な音を立てて線を引いた。その音はまるで聴覚を浸食するようにじわじわと広がっていく。
「血は命そのものであるが、人間の肉体は神が地上の塵から創ったもので、いずれ死する時は土へと還されなければならない。だから、肉と血を同時に食べてはならないと。まあそれは1つの考え方として頭に置いておいてくれればいい。ともかく、古来より人は血を特別視していた」
「それをひっくり返す者が貴方って訳ねヴァンパイア」
それを聞いたカインは自嘲的な笑みを浮かべて見せた。
「ヴァンパイアの肉体は土には還らない。だから命である血を定期的に補給し続けなければならない。我々は死なないのではない。死ねない恐怖を押し頂いている、と言う訳だ」
死ねない恐怖。今生きる自分には到底理解しがたい物なのだろう。死にたくない願望、長く生きながらえる願望を抱えて生きる者には、特に。
「・・・・・・・話が逸れ過ぎたな」
やや続いた沈黙の後、カインがフッと笑って呟いた。
「事件の方に戻そう」
ハッとして、背中のボードに向き直ってペンを取った。
「ルナが読んだ思念の中で、気になったものはあるか?」
「そうね・・・・」顎に手を添え、考え込む。
「やはり、犯人の顔を見ていない所、犯人の思念が読めないトコ。・・・・暗がりだったし顔を見れないのは分かるけど、思念も読めない。・・・・其処だけないみたいに」
「・・・・・・操られていた、という可能性もあるな。そうなら考える事もなく人を襲える」
「ヴァンプドラッガーも血を求めて殺してしまうけれど、血を残しているのなら彼らではない可能性のほうが強くない?」
「・・・・・・・・・ヴァンパイアが影にいるかも、か」
こもる様な声だった。何かを考え込んでしまった彼を、私はそのまま黙って見守った。やがて顔を上げたカインは私を見てニヤリとした。
「・・・・・・・見すぎだ」
「んなっ!・・・にお・・・」
「噛んだ。ははっ、ルナ、お前は・・・くくっ・・」
「笑いすぎよ!」
そのままお腹を抱えて笑い転げているカインはまるで子どものようだと思う。というかヴァンパイアのツボが分からない。もう、恥ずかしい。なんで此処で噛むかな、ホント。羞恥がさらに顔を染めた。カインは低く笑いを堪えながら、目尻に溜まった涙を指で拭う。彼と私をを取り巻く気まずく重苦しい空気は消えていた。
「もう!全然事件整理にならないっ・・・カインが笑うから・・・!」
「怒るな怒るな。それに俺だって資料くらいは読んで頭に入ってる。心配ない」
「じゃあなんで・・・・」
言いかけて止めたのは、カインの瞳があまりにもこちらをじいっと見つめたからだった。それはこちらの姿を視界に収めたかと思うと、細くなって笑みを作った。
「何でだろうな」
言葉が出てこなくて、口をパクパクさせるだけしか出来なくて困った。こういう時はどう返すべきなんだろう。顔ばかりでなく、心臓まで熱い。カインは立ち上がり、棚に向かって歩いて行ったかと思うと振り向いたときには車のキーを指に引っ掛けてクルクル回していた。ニヤリとその薄い唇をつり上げて意地悪く笑った。「さて」
「さあ守ってもらうぞルナ。俺はお前を徹底的に、しかも無理矢理寝かしつけるからな。帰ったら即座にウイスキーか睡眠剤を飲んでもらう」
「家に戻るの?!てカイン運転出来るの!?」
「止まると死ぬ魚は狭い水槽に入れるのが一番だからな。逃げ出さなくて。それと俺は何でも出来る。日の中をおおっぴろに闊歩する以外なら、な」
不敵に笑う彼は、まさに夜の王者その者の笑みで私に手を差し伸べた。
「ああ、ちなみにノーライセンスだ」
「ダメじゃない!」
















NEXTBACKHOME

ŠHONなびŠdabun-doumei←ランキング参加中です。面白かったら押していただけると励みになります