「娘と一日だけ一緒に過ごしてくれませんか」
そう請うた老婦人の瞳はどこか哀しげだった。 僕はただ声も出ず、両目をぱちくりさせた。 平々凡々な日常を送る僕の元に、老婦人はある日突然何処からかやって来て、唐突にこう告げたのだった。 僕が呆然と固まっているのを見て、老婦人ははっとしたようになり、そしてまずごめんなさいと僕に詫びた。そして差し出されたお茶を一口すすって事の次第を語り始めた。 その話によると、老婦人は現在夫と二人で暮らしており、二人には遠方で暮す一人娘が居る、とのことだった。 ―――――――ますますもっておかしな話だ。 僕はひっそりと心中で眉間を潜めた。 どうしてその一人娘を見知らぬ男である自分と過ごして欲しいというのだろう。 僕は疑い半分で目の前の老婦人の話を聞いていたが、次第にどうもそんな雰囲気ではないように思えてきていた。 「娘は今十八歳。でも・・」 そこまで言うと老婦人はフッと言葉を濁した。 僕は片手で持ちかけた自分の湯飲みを両手に包むように持ち直し、いぶかしげに老婦人を見つめた。 老婦人はそして、疲れ果てたように声を漏らした。 「彼女は十九歳の誕生日・・・その日までしか生きられないの・・」 「その日まで・・・」 彼女はどこか嘲るように言葉を続けた。 「シンデレラのお話よ。十二時がくればシンデレラの魔法が解けてしまうように、彼女は・・・死んでしまうの・・・・」 「病気か何か・・・?」 湯飲みを抱えたまま、瞳をスッとこちらに向ける。 「今は話せないの・・・もしこの話を受けてくれるのなら、後で全て話します。・・・怪しがられても仕方のない事だとは分かっているわ・・でもこれは事実なの。私達がどうあがいてみても、彼女は十九歳で命を止める・・このしわくちゃのおばあちゃんを置いてね・・・」 哀しげに笑う。 「・・・・・・・どうして僕なんですか」 老婦人はまた一口、茶をすすって言った。 「貴方にどうしても頼みたいの。理由は今は聞かないでほしい・・・お願い・・・あの子の最期の日、あの子の最期を看取ってあげて・・・・私はこの通りだし、一日でも過ごしてあげられる体力はない・・・・でもあの子に寂しい思いを抱いて逝ってほしくないの・・・」 「・・・・・・・・・」 「お願いします・・・」 僕は湯飲みに視線を落とし、黙考した。 おかしな話だが、老婦人がウソを言っているようには思えなかった。 まして人の死が関わっているのだとあれば、断わるにも断りづらい。 瞳がズキズキと刺さってくる。 「・・・・・・・・分かりました」 戸惑いは、あった。 でも断る理由も無かった。 ただ一人で迎える死は、きっと震えるほどに怖いだろうから。 帰り際、もう一度見た老婦人の瞳は、泣きはらしたように真っ赤だった。 始まりは突然だった |