†

赤。
それは自分が最も好きな色だ。
だから好きなのはとことん追求してみたい。
追求した故に、たどり着いた答え。


ヒトの血が1番、美しい。うつくしい。


公園で1人殴った時、頭から沢山の血が流れた。
それを見て全身から震えが止まらなかった。
この。この美しさ。なんてキレイなんだろう。なんで気がつかなかったのかこの世の創りたもうたまことの赤。ああ、興奮が止まらない。
それをある女に見られていなければもっと長く堪能できたのに。
でもしょうがない。この女はいずれ殺せばいい。そしてうつくしい赤を堪能しよう。
それまではしばし夢をみせればいい。
そう思っていた、あの女も昨日死んだ。
首から勢いよく噴出す赤も、また見ものだった。十分に視覚で堪能し、舌で味わって堪能した。狂った女の赤は美味しくもあったけれどありきたりだった。
一口狂気を味わうと、次は真新しい未知の味が欲しくなる。
嗚呼。
そうだ。
あの現場に2人で来ていた、あのヒトがいい。美しいあのヒト。きっとその赤も美味しいに違いない。
想像し、興奮で身体がぶるぶると震えた。
でも自分はヒトゴロシ。鬼ごっこの鬼だ。
あの人に、なかなか容易に近づけない。
どうしようか。どうしようか。ああどうしたらあのヒトは分かってくれるだろう。
―ああ。
そうか、また殺せばいい。殺して、殺してあのヒトに捧げよう。真っ赤な赤を。
今度はちゃんとお手紙を残して。
うつくしいあのヒトへ、届きますように。 そしてたどり着いたら、あのヒトの赤を、殺してコロシテ、十分に堪能しよう。







                           + + + + + + + + + + +




朝、いつもどおりの時間にアラームで目が覚める。
どんなに疲れていても、身体は覚えてしまっているものらしい。起き上がってキッチンに向かう。
冷蔵庫を開けると、カインが買ってくれたゼリーやらプリンがまだ大量に残っていた。食べないんだから買わないでって言ってるのに。苦笑がこぼれる。フルーツとジュースを冷蔵庫から取り出して閉めた途端、後から急に抱きしめられた。
一瞬びっくりしたけれどすぐに笑い、絡みつく腕に手を置いた。
「朝起きて大丈夫?」
肩に顔をよせて、カインが切なげに耳元で囁く。
「隣にいなかったから。嫌われたと思った・・・」
身体を離し、顔を上げて彼を見つめ返した。私より長く生きているくせにその顔はまるで子どものようだった。なんて顔をするの、と呼びかけた。読んでくれるように。
「いてくれた・・・・」
それが届いたのかそうでないのかは分からないが、カインはホッとしたようにまた私を背中から抱きすくめ、肩にうなだれた。彼の切ない感情と愛情が途端になだれ込む。その思いが嬉しくて切なくなる。心臓がきゅうとなる。こんな感情は始めてだ。囁くように返す。
「いるわ、カイン=ノアール」
「・・・・・お前は夜空に浮かぶ月の様に、一夜限りの存在ではないのか」
「大丈夫よ…ココにいるわ」
「夜しか会えないのは、嫌だ」
「カイン」
「夢の中ですら、会いたい」
「カイン」
「止まらない」
(ルナへの想いがどうしようもないくらいあふれてる。もう忘れた、捨てたと思っていたのに。こんな感情。)
―読めてる。
目を丸くして驚愕している自分にカインは驚く事でもない、心で語りかけた。
(俺の血を入れたということは、俺の力も入ったという事。ルナはもともと能力者だったし・・・・良い意味だぞ・・・だから何らかの化学反応は起こると思っていた。・・・)
「・・・・・・最初に言っておいて欲しかった」
「すまない」
「嫌な人」
「人でないから、それでいい」
言って上げた顔が意地悪い笑みを含ませて笑った。ああ、いつもの会話だ。そんな事にすら安堵する自分が可笑しくて。
カインがまっすぐな目でこちらを見つめた。
「あげたかった。欲しかった。それだけ。俺は獣だから」
なんて真っ直ぐなんだろう。本能のままに駆け抜ける獣。確かにそうかもしれない。
そして私はその獣に応えた。
「血、ちょうだい」
首筋に顔を摺り寄せて、まるでだだっ子のようにカインがねだる。
「・・・・・・・昨日も持ってたくせに」
「ほしい」
「もう嫌」
「ケチだな」
「フラフラしてるの。仕事にならない、これ以上は」
ちょっと冷たい、と自分でも思ったが、事実だった。首筋や二の腕には、まだ昨日の名残がある。
牙の痕も。
それを思い出して、かあああ、と自分でも顔が赤くなるのが分かった。
それを察したのか、カインが肩に顔を乗せたその状態で首筋の咬み痕をぺロ、と舐めあげる。
「っ!・・・・・・・・」
「・・・・・・・俺の物、だ」
耳元になめらかな吐息と共に吹き込まれた言葉に思わず身体が震えた。その誘うような口調はなんてセクシーだと思う。自覚ないのかしら。
「それがルナをその気にさせることくらいは、自覚している」
笑みを含んだ声がして、カインは私を振り向かせて胸の中に抱きこんだ。愛しさがあふれて、それが幸せだと感じて息が止まりそうになる。同時にとても、哀しくなる。
「・・・・・・何故泣くんだ」
分かっているくせに。
そう心で叫んでいた。
いずれ私達は、離れてしまう。
いずれ貴方は、あの独房に帰っていくのだろう。
ああ、カイン。
どうして貴方は、貴方なのか。
どうして、出会うまで私を待っていてくれなかった?
どうして。どうして。
「泣くな・・・ルナ。泣かないで」
ひんやりとした両手が頬を包み込んで、カインは私を覗き込んだ。
パープルの瞳が、寂しそうに見つめてくる。同時にわかっている、とその瞳が言っていた。
ただ互いに黙って見つめあった。
そしてどちらからともなく、顔を寄せて口づけた。

いとおしさがただ、痛かった。

















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