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芸術というのはアーティスト達の魂の塊だと思う。
この世に残した命の欠片。美しいと賛美され大事に保存され時を長く生きる。その時芸術家達の命は永遠になる。
肉体の無い永遠がそこにある。
だけどそれではつまらない、今の時代は、特に。
ありきたりでは忘れ去られ、愛でられる事も無い。大事に保存される事もないのだ。
芸術は得てして人を引き付ける物でなければ。
眼下で息づくそれをじっと見つめて、パチン!と指を鳴らした。
「・・・ん・・」
僅かに呻いた後、それは静かにまぶたを持ち上げた。
ニイ、と口角が自然と持ち上がってくるのが分かる。
「こ・・こは・・・」
そしてビクン!と身体が痙攣した。
(う・・・ごけない・・!)
ああ、そうだね。生贄が逃げちゃたまらない。
そして生贄をじっと覗き込んだ。
(だれ・・?!何こないで!)
手に持っていたそれを音も無く首筋に当てる。ひっという声が上がって、身体がガクガクと震えだした。
(嫌いや嫌やめてやめてやめて・・・!)
大きな感情の揺らぎ、構わないそれもひとつの芸術になろう。人間の感情と言う見えない芸術に。
「これで・・・また一つささげものが出来た」
笑って、ゆっくりとそれを手前に引いた。
+ + + + + + + + + + +
夜なのに赤色のランプが狂ったように回っている。
ほんといつも事件が起こって分かるのが夜なのはナンデだろう。
それを見つめてルナはポツリ、頭に疑問を浮かべた。あれかしら、吸血鬼のおぼしめし、ってやつ?もしそうなら事件はもっと楽なんでしょうね。ため息をついて、そこを見つめる。この事件を担当してからというもの、ため息をつくことが多い。これからも増えるのだと思うと少し憂鬱だ。
今度は、美術館の目の前の広場だった。
美術館の前だけあってそこはちょっと違う趣向が施されている。さまざまな形のオブジェは夜でもライトアップされ、一体の天使のオブジェが指を指し示す先、広場の真ん中で遺体が華々しく、言うなれば咲いていた。またしても首筋をちょん切られている。おまけに犯人にはセンスでも残されていたんだろうか、死体は丁寧に手を組んだ状態にあった。死後硬直真っ只中なのかどうかは定かではないが、白んだ眼球はしっかりと天を見据えていた。―私を天に連れて行ってくれなかったの、といわんばかりに。
「犯人は芸術センスをひけらかしたかったのか?」
カインが乾いた血を踏み締めて、同じような事を考えていたのかそう呻くような声で言った。ヴァンパイアなのに彼はよく白シャツを着ることが多い。今日もそうだった。その上にミリタリーコートを羽織ったカジュアルな格好だ。
「もっと別の方向に向いて欲しかったわね、ぜひとも」
深呼吸をし、そっと死体に触れる。
―彼女の意識がない。でも彼女はここにいた。
目が覚める、ここはどこ?動けない。狼狽、動揺。見つめる瞳。私を見つめてる、ヤバイヤバイ助けて―
こないで何なにやめておねがい嫌―・・・・
・・・・の・・・とに・・・さ・・・・げるんだ・・・
―月光で光って・・・緑の目、茶髪・・・
ハッ!!
目を開くと、現実がようやく帰ってきた。前みたいな気持ち悪さは・・・ない。カインがそんな自分を見て優しげな眼差しを送っていた。
「調子はいいようだな」
その通りだった。苦しくもない。気持ちは・・・しずむが。戸惑いを隠しつつ、カインに結果を報告する。
「・・・・犯人の声が・・・最後にちょっと・・・聞こえた」
「何て?」
「だめ。ノイズだらけで・・・そこまでは。でも目が見えた」
「目?」
「緑色の目。・・・・茶髪。それくらい。でも気配はヴァンパイアだった」
首をふって、彼を見上げる。
―ごめんなさい。
カインがこちらの目を見て、そっと頭にその手を置いて穏やかに笑った。
「大丈夫だ」
その瞳はいつ見ても強い。何者も打ち崩してくれそうな、そんな。
これに頼れるのだと思うと安心出来る自分が芽生えている事に気がつく。禁断の果実を口に含んだら、盲目になっていくのだろうか。こうして、まるで病のように。
だとしたら、この果実を、カインとの恋という禁断の果実を、カインがいなくなったらどのように埋められるだろう。不安に胸が押しつぶされそうだ。失いたくない。失うのが恐い。一時でも。
忘れよう。
少なくとも、今は。
「ルナ」
不意をついて呼ばれる声がして、ルナは顔を上げてそちらに向かった。
「それに、今回は丁寧なお手紙付だ」
ほら、とその手で死体の傍らを指し示した。気づかなかった。それくらい、ちいさな文字で、それは書かれていた。
愛しいあなたへ
あなたが気づくまで
この赤を捧げましょう
「趣味の悪いラヴ・レターね。相手がどっちか分からないけど引かれるわ」
「俺だったら喜ぶかな」
「・・・・引くわ。最低」
「嫉妬してるのか?」
「っちがうわよ!」
もうっ!といってルナは彼に背中をむけ、現場を再び読み始める。カインに背中を向けて見えなくても、カインがニヤニヤ笑っているくらいは簡単に読めた。なによ!やがてカインの声が心の中に侵入してきて、私は動揺した。これも彼の血のせい?前より彼の侵入を許してる自分がいる。
カインが至極楽しそうな声音でこちらに語りかけた。
―俺なら、ルナにもっとイイラヴ・レターをやろう。ベッドのなかでな。
かあああ、と赤面するような事をさらっといってのける。前より過激になってる、最低!絶対振り向いてなんかやらない!てか集中出来ないじゃないおかげで!辛抱強くそのままでいれば、じきにカインはなんだ、とつまらなそうに舌打ちをして現場に意識を戻していった。
いい気味よ。
それを確認した後に自分も再び集中しつつ、意識を現場に向ける。
やがてまっさらな意識の波が、あるノイズを拾い出した。
―あ・・・える。ま・・・ってて。
(・・・聞こえた)
「・・どういうこと・・・?」
「違う・・・・」
赤いランプはまるで自分の欲する物の色にも似て綺麗だと思う。でも今はそれどころではない。カインは現場をじっと見つめた。飛び散った血が生々しい芸術品となって遺体が撤収された今も目の前に広がる。再び意識を戻して、先ほど読んだモノを頭の中から拾い出していく。そして呟いた。
「なぜ・・・・違う?」
その問いかけに答えてくれる者はどうやらこの現場には存在しないようだ。野次馬の中、警官達の中にも。カインは見えぬ者に対し嘲笑う。
「俺に掴ませぬとはなかなかやるが・・・」
顎に指を当てて考えごとをするその様は視界に入れた者を引きつけて離さない。視線がやっかいなので気配くらいは消しているが、2,3人それに気がつく聡い者もいるようだ。ひそひそと言う声が微かに漂ってきている。けれども彼はそれをあっさりと無視した。
「俺のレディために、捕らわれてもらわねばなるまい」
そっと手をかざし、死体を彩っていた血に触れた。情報、情景、感情、気配、動き、それらがあわさって彼の中に大挙して押し寄せてくる。多くの物を除外し、彼は必要な物をそこから発掘していった。
(ふむ・・・・・)
最終的に残ったその情報に触れ、自分の感覚が確かであった事を再度確認するとじっと考え込み、やがてカインはニイッと笑った。
「・・・・・・いつまでも粋がるなよ、若造」
呟いてコートのポケットをゴソゴソと探り、最新モデルの極薄の携帯を取り出した。おもむろにどこかへ掛け始める。ボタンを押し、少し待てばすぐにそこへ画面が繋がったようだった。
「ああ・・過去のデータはそこに全て保存しているのだな?確かか?・・・・分かった。2,3日後俺がそこに行く。それまで誰も近寄らせるなよ、いいな?」
すこぶる相手に脅しを掛けておいてブツン、と電話を切ると、3Dの映像は荒く粒子の残像を残し消えてなくなった。
短い溜め息の音が聞こえた次の瞬間、彼自身の姿もそこから消えてしまっていた。
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