あの人が気づくのはいつなのだろう。
まだこちらのことは分からないようだった。
あの人が恋しい。スキ。スキ。
早くおいで、早く、ココへ。
アナタヘおくる赤をまた用意しました素晴らしい深紅をココに。
貴方のタメニ。アナタヲ思って。
今度はもっと分かるようにしますから。
貴方のタメニ、ここに生贄を捧げておきますね。
どうかどうか、今度はもっと近づいて。
アナタヲ恋しがる、鬼の元へ。
首から下げていた懐中時計を取り出す。シャリ・・・と鎖が鳴いた。
−時間だ、生贄サン。
パチンと言う音がした。暗闇の中、薄ぼんやりと瞳が開いたのが分かる。
これが恐怖に変わった瞬間、人間の思考が最大になる、芸術になる、思いになる。
さあ。
コートからナイフを取り出す。月夜がそれを照らし出し、一筋の光を放つ。

さあ。
世界が、朱に染まる。






「ん・・・」
心地よい日差しが目に刺さって、眩しさに思わず目を細めてから、再びそうっと開けた。
(あさ・・・か)
起き上がって周囲を見渡せば、案の定カインはいなかった。おそらくは自室で眠っているのだろう。
そう思う時だけ、なぜだか溜め息が出る。ああ、私ってこんなに乙女だったかしら?
そのまま顔を洗いに行こうとしたときに、携帯のメッセージランプが点滅しているのが視界に入った。取り上げてボタンを押すと、画面が浮かび上がり、カインの顔が現われた。メッセージが再生する。
ハロー、ルナ。これを呼んだということはもう起きているな。
「起きてるわよ」
メッセージに思わず毒づく。彼の言葉は尚も続いた。
俺は先に署に行っている。ちょっと気になることがあってな。情報処理室で会おう。では
そのまますぐに画面が消え、長い音が再生終了を知らせた。
「は?・・・・・どういうことよ」
もう消えてしまった画面を見つめ、うわ言のように呟いた。何で行ってるわけ?気になることって何?情報処理室?
言いたいことが山ほど浮かんでは消えて、ルナはやがて大きなため息をついた。
「行けばいいんでしょ・・・様は来いって言ってんのよ・・・」
自分を納得させるように言ってみるも、思いは複雑だ。
パタン、と携帯を閉じて、ルナは先ず自分の顔を洗う事に決めた。



そしてルナは地下室に程近い階の一室の前で立ち尽くしている。
―なんで、こんなところに。
まさにヴァンパイアでも出そうな雰囲気をかもし出すその扉をそっと押し開けた。

ギイイイイ・・・・

「っ・・・けほっ」
程なくして室内の埃に喉を痛めつけられ、思わずむせる羽目になる。こらえて目を上げれば、探していた人物が署内でも薄暗くて埃っぽいその資料室をものともせず真剣にPCに向かって何かを見続けていた。
―此処にいる私の気配にも気がつかないほどなんて、スゴイ集中力。
声をかけづらくて、戸口の壁にもたれてしばしその姿を観察することにして見つめていた。
やがてカタカタというボード音が不意に消えたかと思うと、カインがつとこちらに顔をあげた。
「誰かと思えば」
ニヤリと笑い立ち上がると、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「声を掛ければよかったものを」
「猛獣に不意打ちで触れて無事だと叫べる人間なんていないわ」嫌味を込めて言い放った。
「ははっ、なるほど」
そう言って組んでいた腕をほどいて、カインは軽快に笑った。どんな笑みも綺麗だと思ってしまうのは、気のせいか。
心にもない事を呟きかけて、慌ててカインに本来の目的を尋ねた。
「それにしても、なんでこんな・・・・処理室に?」
この私に何も言わずに、と言い放てば、カインはすまない、と笑って言った。気にしてもいない。イラッとした。
しかしだ。
終った事件のデータをファイルやデータベース化しておいてあり、使う事はまれなこの部屋にましてや彼なんか用はなさそうなはず。カインはPCにちらりと目をやって答えた。
「ちょっと気になることがあってな。調べていた」
「気になること?」
「ああ」
そういってPCの前に立ったカインはタッチパネルで画面を動かしてある事件ファイルを引っ張ってきた。
「10件目と11件目で思念・・・・というか空気が微妙に違うのを感じてな」
「そう?」
「・・・・ルナは10人目の時は使い物にならなかったからな。」
「・・・・・・悪かったわね。使えなくて」
「怒るなよ。そういう意味じゃない・・・・・それで気になっていたのでその日犯行時刻ないしその時間帯の前後に起こった事件を探していた。そしたならば、これだ」
「自殺・・・・じゃない。どこが事件なの」
画面をじっと見つめて概要を読み直して聞いてみた。カインはコンコンと画面を小突いて返す。
「よく見ろ。自殺者は20代男性、その首すっぱり事件の犯行時間と思われる時間の後にあるビルの屋上から飛び降りて死んでる。死因・・・というか原因は関係者に聞いても皆目検討がつかない。謎々のオンパレードだ」
「何が言いたいの?」ムッとなって彼を睨みつける。
「おや、聡明なレディ」カインはおやおやと言う顔で私を見つめた。
「気にはならないのか?首スッパリの直ぐ後に死んでるんだ。原因不明でな。そいつと10人目の接点は未だつかめていない」
「・・・・・・・操られてた、といいたいの?」
「おそらくは」カインは真面目な顔で返してきた。
ふう、と息をついて、私は腕を組んだ。成程。
「10人目までは操られた人間とそいつに惚れた人間が狂った、ないし操られていた。11人目からは・・・」
「ヴァンパイア」
「それもなかなか手強い。気配をかろうじて辿れるくらいにまで隠しているからな」
不意にカインがこちらをじっと見つめてきた。眉をひそめ、ポツリと呟く。
「気をつけろよ」
「何で?」
「ルナが今・・・・1番危険だ」
「何でよ」
薄暗い部屋の中、PC画面の光で彼の目が淡く光を放つ。
「俺の・・・匂いをまとっているから。それと能力者だから。能力者・・・力のある人間は人外の者にとってはるか古来より格好の獲物だった。血肉を食べて力を得ると言うのは昔から人外問わず夢中になった。それでも俺の匂いがするからまだ良いが、気をつけるに越した事は・・・」
至極真面目な顔で、彼はその瞳をこちらに向けて呟くように言った。その物言いになぜかムカッとした。俺の匂い?能力者だから?そんな事わかってるのに。
「・・・・・まるで能力者が美味しいみたいな言い方」
いつの間にかそう言い放っていた自分がいた。
「そういう意味じゃ・・・」カインが酷く訝しがったのが分かった。
―何故、分かってくれないの。そうじゃないのに。
でも一度開いた口は止まりそうに無い。
「私の事もずっとそう見てたわけ?」
「ルナ」
「ただの餌?だからこのこともしばらく伏せてたの?」
「何故怒るんだ」
「っっ!」
―ダメだ。
直感的にそう感じて、思わずきびすを返して出口に向き直った。自分が壊れそうだ。ドアを開いて身体をねじ込ませる。
「ルナ!」
カインの声を吸い込むように、自分の叩き付けたドアは音を立ててそのまま閉まった。

















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