そうしてからデスクに置かれていたメモリーディスクをPCに差し込む。インターネットや書物から漁って来た情報を集めてみたものだ。
パパッとPCに画像や取り込んだページが現われる。

「あれから、『色彩の紋章』についても少し勉強したの。カインには到底及ばないけれど」

パパッ。
自分が望む情報を引き出していく。

「緑色はこうなるわ」

『緑色は渇きと湿り気の中間にある物質にあって熱さによって生じる。しかし葉や果実や木々から分かるようにこの色は渇きよりむしろ湿り気の方に傾いている。
そのため緑色は黒っぽい。そして両眼に緑を眺めるように促し、力をつけ、さらに眼が疲れたときには回復させてくれる。
この色はいつも陽気で、青春の色である。木々、野原、葉、そして果実を表す。石ではエメラルド・碧玉・緑石英などに例えられる。いずれも貴石である。
この色は美・悦び・快楽・永続を表す。・・・・・・この色は時間と共に変化するから、愛が変わりやすいことを意味している』

「永遠を持続するといいながらも変わりやすさも明示している。この矛盾性が特徴でもある。青春の色でもあったから、若者が身につけたり、婚礼や出産の場にも使用された」

「他にも、子供や道化の人間が身につけたともされていると」

ルナの説明をカインがそのまま引き継ぐ。

「『未熟な』意味合いも含んでいるそれは当時・・・中世の人間の考えでは相応しいとされた。ともに理性を欠いていて、その色がふさわしかろう、と」

「理性を欠いている、ね。その通りね」

ため息をついて、デスクチェアの背もたれにもたれかかる。

「自分が理性を欠いていると自覚している、と?」

ちら、と視線をあげた瞬間に見つめられたその瞳がクッと細められる。

「そうかもしれんな」

「理性を欠いた、子供・・・」

ボードに書き込んでいきながら、そのまま考える。緑。子供。理性を欠いた子供。
きゅ。書き終えて、ペンのフタを閉めて、腕を組んだ状態で再度思考。

「・・・・・・つまり・・・・意味をそのまま捉えるならば、犯人は子供、それも特別狂気と宗教観に愛された子ってことじゃない」

「そのままの奴だっているさ」

カーテンを引いた薄暗がりのワークルームの中、アメシストの瞳が凛とした炎を放つ。その色の炎に蹴落とされるのはいつも自分だ。
ぞっとして、でもそのまま瞳から眼が離せなくなる。
カインは、重々しく口を開いた。

「ヴァンパイアだってコトは半分の割合で黒だといっているんだ。ヴァンパイアは覚醒した年齢で見た目が決まる。見た目が幼いからと言って、実はよぼよぼの老人だったりするからな。そういう奴に限って、血の好みとかもうるさいんだ」

「会った事、あるの?」

見つめあったままの状態のカインがそう聞いた瞬間、キレイな柳眉をキュッと潜め、顔をしかめた。
苦々しげに苦悶の表情を作ってから、言いにくそうにポツリ、と言った。

「・・・・・・・・・・はるか、昔に」

どのくらい、前の話なんだろうか。少なくとも自分が生まれるよりは前?いやそもそもカインが覚醒・・・もとい、死んだ日が分からない。
意外と年食っているのかもしれないし、そうでないのかもしれないから異種って不思議だ。
そんなに嫌な出来事だったんだろうか。カインがここまで嫌そうにするなんて。何故だか自分自身に自己嫌悪していた。

「・・・・・そう」

カインはそのまま目を丸くして、どうやら驚いたようだった。こちらの姿を視界に入れたまま口を開く。

「・・・・聞かない、のか?」

「聞きたいわよ」

素直にそう答えた。

「何故・・・?」

本当に何故、とカインは再度繰り返した。分からない―

「・・・・・・・・・そんな、嫌そうにしてるのに。聞ける訳ないでしょう」

貴方のそんな顔見て喜ぶほど物好きじゃないもの。
いい終えるか否か、次の瞬間にはカインの腕の中に居た。
ううん、なぜ抱きしめられているんだ。恥ずかしい。彼の腕の中でそのまま身動きが取れなくなる。

「・・・・・・お前は、・・・」

腕で抱きしめたまま、顔だけ下げてカインが視線をこちらに合わせてくる。
その表情は時折彼が見せる、泣き笑いのような、切ないような愛しいような、そんな表情だった。

「・・・・・・お前は・・・・俺を同じ目線で扱ってくれるんだな・・・・」

そんなの反則、だ。
そんなに切なそうに見つめてくるなんて、反則にも程がある。押さえの利かなくなった心臓が止まらなくて、心臓以外の部分がきゅう、となる。

「いつか、話してくれればいい」

やっと、それだけを言った。カインはふわりと笑って、ああと答える。

「そうする。でもそう遠くないと思う」

ぎゅう、と抱きしめられた腕が急に強く引かれ、カインの空気が近くなる。
香水なんてつけていないのに、彼からはいつも不思議な香りがする。アジアンぽいような、そうでないような。それと、彼の手の冷たさ。血を飲んだ時は温かいけれど、いつもは冷たいその手。それが妙に自分を安心させてくれる。


「俺の全てをお前にさらけ出してやる」


―俺なんか、お前に全てくれてやろう。


耳元で囁くような艶めく声音に、顔の紅潮はもう止まりそうにはない。

―う、わ。弱いなぁ、自分。

いつのまにこんな風になってしまったんだろう。
彼の一挙一動に振り回されて、それがいつのまにかイヤではなくなっている、なんて。
カインが自分を再びそっと覗き込む。
輝石のようなアメシストの瞳がこちらを捉えこんで離さない。
その魅惑の色に、思わず溜め息が出てしまう。
紫は神秘だ。だけどそれはカインが持つと淫靡なまでに香る。

色は魔力だ。
そう思うようになったのも、カインと出会ってからかも知れなかった。
未だ姿の見えぬ殺人者も、こんな事を思ったのだろうか?

「・・・・・・グリーン・・・思えば最初から緑に囲まれていたじゃない。なぜ気がつかなかったんだろう」

「・・・・緑の木々。囲まれた公園か。そうだな、右に同じ意見だ。後は・・・ヤツは何故緑に固執する、かが解ければ進めるんだな。全く」

てこずらせてくれる。
そう言ってカインは歯を食いしばったので、犬歯が危うく唇を突き破る所だった。
そっと視線で制し、ボードに眼を移してから一言添えた。    

      グリーンに固執する理由、その意図は?



それが分かれば、こんな苦労などしていない。
今度は嘆きの溜め息が零れた。







NEXTBACKHOME

ŠHONなびŠ  dabun-doumei←ランキング参加中です。面白かったら押していただけると励みになります