「あのステンドグラス、ですか?」

すっとんきょうな声をあげて、その教誨の神父は眼を丸くして驚いていた。
ルナは社交辞令の笑みを顔に張り付け、お願いします、と神父に頼み込んだ。

嗚呼、気持ち悪い。

横でカインが呆れたように心でつぶやくのが聞こえた。
横でちらっと見やってむっとしたのは何とか顔に出さないように努めて、ルナは神父の後についていくことにした。





コツ―ン。コツ―ン。
水面にさざ波を立てるかのように、足音が吹き抜けの天井に吸い込まれていく。
それを追いかけるように天井を一緒に見上げてしまう。
天井にはさまざまな宗教画が描かれ、そこに描かれた天使たちが皆一様にこちらを見下ろしていた。

顔。顔。顔。

なぜ、人は神まで人型にしたのかと、今も思う。今まで普通の人間も見た事がないものを人が描き、人が神として崇め、しまいには芸術品になった。
それもはたして神が示したもうた事なのだろうか。

「少なからず、それで救われた人間もいるだろう。それが宗教だ」

同じように天井を見上げながら歩くカインが静かにそう言った。
わずかに眼を細め、零れる色彩を受け止めようとしているみたいだった。

「あのファザー・・・・・あのステンドグラスについて教えていただけますか」

歩きながら、そっと前の神父の小さな背中に声をかける。
神父は一度こちらを振り返って弱弱しく微笑んだ後、再び視線を前に戻してから語りだした。

「この教誨が建てられたのは新世紀・・・そう古くはありません。周辺の教誨の方が古いくらいですから・・」
「ああ・・6つの・・」

旧世紀に建てられた、この周囲の6つの教誨。まるでそれはこの教誨を囲むように建っている事を頭の中で思いだして呟く。
その呟きを視界に納めるかのように神父はもう一度こちらをちらりと一度見ると、今度は疲れ果てたような苦笑を浮かべた。

「ちょうどここがその中心になる・・いわば楔のようなものですね。文献では、あのステンドグラスが発見されてから半年の速さで立てられたそうです。
ダンス・マカブル・・死の教訓。対しての人々の恐れ、とまどい。
その時代は新世紀に入ってから急速に拡大したウイルスによって死が蔓延していましたので、一刻も早い魂の救済をと、当時の教誨関係者は切に祈っておりました。故に告解室にはめ込んだわけで」

「ステンドグラスはどこで発見されたのです?」

「・・・・古びた、もう使われていない廃墟の教誨でした。さびれた教誨の中でも美しく色彩を放つそれを、どうしてもそこに残してはおけなかったのです。
教誨自体も貴重なものでしたが、何分人が使えるようなものではありませんでしたので・・」

「まだ残っているのか?」

後方からカインが不意に口を開いた。神父は瞬間びくっと身体を震わせたが、そのまま消え入りそうな声でええ、と返した。

「・・・そのまま。ガラスは取り外したので今は廃屋ですが。何分時代が古いので、いろいろ煩いのですよ・・・結局壊せないまま廃屋と化しています」
「ここから近いのですか」

「近いですよ比較的。何せ今じゃ貴重建築の一部ですから、近年移築したんです」

「・・・・・・・・・場所を、教えてくれますか」

「え?ええ、いいですよ後で地図をお持ちしましょう」


着きましたよ、と神父は縦長のほっそりとした扉を、2,3人を呼んでいたのか、彼らに任せて押し開けさせた。


ギィィィィ・・・


何とも重苦しい音を立てて、あの扉が開く。


サァ・・・・・・


細々とした冷たい風が途端にふき込んでくる。
それをゆっくりと身体に受けて、勢いよく入って行った。

「告解室は・・こっちよね」

そう口に出して、入口より小ぶりな木製の扉の前に足を滑らせた。
息を吸い、吐き出して扉に手をかける。

ギィィィィィィ・・・・

「ダンス、マカブル・・・・」

天井を貫かんばかりにそびえたつそのステンドグラスは相変わらず室内光を含んで柔らかく光を放つ。
さすがに血は拭きとられていたが、あれ以来この美しさを見に来る人は減ったという。
あの瞳をみつめる。ステンドグラスに彫られたエメラルドの瞳の女性。死神に迫られ、苦悶の表情を浮かべたその顔は月日がたっていても美しい。その瞳を見つめていると、吸い込まれてしまいそうになる。




「ルナ・・・!」

突如ステンドグラスに見とれていたルナの耳朶に、カインの突き刺すような低い声がたたきつけられた。
祭壇の方の、死体がのっていたその場所。


「っ・・・・!あれは!」


視界をずらせば、何かが教誨の天井から差し込む陽光をはじいて光った。
ルナ自身が駆けだすより早く、カインが音もなくその場にたどり着いている。
カインは彼女を一度だけ見ると、そのまま視線でその場所をさししめした。




「・・・・・懐中、時計・・・?」



祭壇に置かれていたのは、金色に輝く精巧な作りの懐中時計だった。






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