カインとの別れをいつまで引きずっているわけにもいかない。私には日常がある。仕事がある。
どこかで人間が人間を殺せば、どこかで異種族が死ねばーまたその逆もしかりー私が駆り出される。誰かが誰かに殺意を抱く限り私は動き続ける。それが私の日常だ。その中の断片でヴィオの事があれど、私はそればかりに囚われてはいけないのだ。

今日はある路地で人間がうっかり人狼を殺してしまい、その王がその人間を殺そうと画策している所を異種の別の捜査官が別の調査でたまたまその事を発見して、発狂してしまった。彼女が元に戻る事はもうないので、その件が私に回ってきた訳だ。

路地裏のクラシックなカフェで王と対峙する。
彼とは数年前にとある事件で関わったことがあり、面識があったので挨拶もそこそこに本題に入り、彼を説得にかかった。やがて彼が黙りこみ、考え込んでいるのが伺えるのが分かると視線をコーヒーに戻し、そして店内を見回した。種族の経営するそこは、好きなように出来るらしい。赤いベロアのソファ、時計はねじまきの八角柱時計。店内が心地よいクラシック音楽が流れている。
エスプレッソのコーヒーを一口すすり、目の前の男性に向き直る。立派な体躯で今やロマンスグレーが端正な顔立ちに似合う中年の男になっているその男は、一瞬で分かる人狼の空気をまとっている。


「今回は引き下がろう」


ゆっくりとした低音が耳に入りこむ。思わず気をゆるめそうになって、慌ててそれを閉じた。そのまま頭を下げる。


「ありがとうございます、王」


「君がそんなに言うのだ、無下にあしらう事も出来まい。ただ」


ことん、と受け皿にカップを置き、彼はじっとこちらを見た。鮮やかな緑色のまなざしがこちらを射抜く。


「いずれ、きみに借りを返してもらおう。いつになるかは分からぬが、それだけの事を人間がしてくれた。ルナ、何らかの形で私たちの種族に貢献してもらう」


しん、と一瞬だけ静寂が訪れ、クラシックが包み込む。まあ、こうなる事はうすうす分かってはいた。まあ人類の為だ。腹をくくろう。にっこりと彼に笑いかける。


「分かっています、王。私はそのために使わされているようなもの。ご用命の際は、お申し付けください。携帯の番号をお渡しします」


「ああ。物分かりの良い人間で助かる。君は上位の能力者だしな。君にしか頼まぬ。いずれは連絡をする」


「ありがとうございます」


「・・・・・・そろそろ日が暮れる。戸口まで送ろう。」


ゆっくりと立ち上がった彼は昔通り背が高かった。見下ろされるその瞳が先ほどより柔らかく見つめてくるのに気がつく。そして戸口を前に彼が申し訳なさそうに言った。


「少々立てつけが悪くてな。錆もきている。私があけよう」


「いえ、そんな王にわざわざ」


慌ててノブを握って、回す。少々力を込めたら、普通に開いたのでほっとして大丈夫でした、と笑いかけると、王が酷く目を丸くしている。


「もしや・・・君は・・・」


突如。

驚き、嫌悪、そんな感情が混じって流れてくる。その中の感情で、王が何故この扉を開けようとしてくれたのか分かってしまった。王がおそるおそる口を開く。


「仲間づてに、ヴァンパイアに関わっていると聞いたが・・・取り込んだのかね。」


「・・・・・王」


言い訳などできようがない、そんな事をすれば誇り高い彼の心を、信頼を傷つける。答えられず黙っていると、仕方のない・・と呟く声が聞こえた。その声に思わず彼を仰ぐ。


「・・・・・・これ以上、人間から遠ざかりたくなければ取り込んではいけない。能力は抑制出来ようが、人から遠ざかる。分かるね、ルナ。取り込まなければやがて薄れよう」


「・・・・・・すみません、王」


しょぼん、とうなだれると、彼は穏やかな笑みでルナ、と頭を撫でてくれた。



「昔のように、名前で呼んではくれないか、ルナ。いつまでも私のかわいい捜査官のお嬢さん」


「・・・・・分かったわ、ありがとうございます、ヴィネ」






ため息だけを身体に押し込めたような一日でうーんと伸びをして身体を折り、ため込んだ息を全て吐き出した。


「・・・つかれた」


今回の事はうすうす感づいてはいたので、別段驚きはしなかた。まあいずれそうなるという事で腹を括っておこう。かえって王―ヴィネには気を使わせてしまった。
ほのかに見せる優しさは昔通りでちょっとほっとしていた。


「・・・・・かえろう」


ぽてぽてと歩みを進め、電車に乗った。ゴトンゴトンと揺れる車体、次々に変わっていく景色。
ぼう、と眺めて、嗚呼、今日も夕方が来たんだ、と思う事が出来た。暗くなって、夜が来て、明るくなって、朝が来て、私はまた一日を送る事が出来る。
ただ、それだけの感情が、今は湧きおこるだけだった。
ふと手元のバッグを見ると、携帯のライトがピカピカと光っている。メールかしら、と思ってパカ、と開いて見ると、どうやらオギから電話があった様だ。二三時間前に何回か掛かってきている。電車の電話が出来るスペースに出て慌ててかけなおすと、少し低い声オギが電話の向こうでどうなった、と答えた。今日の人狼の件で電話をかけてきていたらしい。


「納得していただけました。かろうじて、ですが。私がいずれ彼らの種族に貢献するという形で。まあ、腹をくくりますよ」


そうか。だが長がそれで答えを出しても、彼につく者が納得はしないだろうな。しばらく君に護衛をつけた方がいい


「・・・なぜです?私は能力者ですし、自分の身は守れると自負していますが」


見えてはいないが思わず電話越しに眉をひそめ、耳をよせた。彼はふぅ、と浅いため息を漏らすと、呆れたように返してきた。


・・・・・君は人狼の本当の怖さを知らないのか。あれは獣だ、そのまま人間と考えるのは浅い。・・・・まあ色々言ったが、保険を持っておくにこしたことはないだろう


いまいちこちらが納得できかねない答え方だ。砂を噛むようなもどかしさを抑えて分かりました、と答えておく。オギはでは、と水の様な冷たさで冷静に切り替えた。


護衛の手筈はこちらで整えておく。そうだな、早い方がいい。早急に君の所に向かわせるようにしよう


「・・・・・分かりました、報告の方は以上です」


御苦労だった


そのままブツン、と電話を切ってパチン、と折りたたみの携帯を元に戻す。今まで溜めていたため息をゆっくりと吐き出した。外を見ると、夕暮れがもうだいぶ落ちてきている。もう夜だ。全てを包み込む闇。
そういえば護衛といっていたけれどいつ頃くるんだろう。早急にとは言っていたが、まあそんなすぐには用意できないよね。携帯をしまい、丁度流れてきた電車内のアナウンスに耳を傾けると次の駅が丁度降りる駅だった。そのまま立っていればいいやと思い立って、流れる景色をぼうと見つめ、停車駅を待つ事にした。












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