たとえ自分が血を喰われたって、事件は待ってはくれない。

解ってるけど、あの出来事は1日以上たっても脳裏から離れそうにない。一般人の私には刺激が強すぎた。カインはいつも通りだけども。ああ、私だけか。バカみたいだわ。

夜に差し掛かった時間帯、緑豊かな木々に囲まれた公園にありきたりに置いてあるベンチの前で、ため息ひとつ。カインの都合に合わせて調査をなるべくしなければならないので、調査は夜からだ。秋の差し掛かりとはいえ流石にこの時間帯は結構冷える。ぶるっと身体を震わせてから上に羽織った黒のコートの端を引き寄せた。カインといえば似たような格好をしていて、Yシャツにパンツ、黒の男物コート。Yシャツは白で、衿を2つ程開けているのをみて寒気がした。白い端正な顔に月の光が差し込んで、夜の中で存在を放つそれに思わず目を奪われそうになる。
見惚れかけてた自分にハッとなって、かぶりをふった。

「どうした」

「なんでもない。貧血よ」

だいたいヴァンパイアの力で読めるなら今読んでほしい。使いどころ間違ってる。

「悪かった、といっているだろう」

むう、読みやがった。遅い。

「今度からはやさしくする、といっただろう。いい加減機嫌を直せ、ルナ」

「直ってますー。さて、お仕事ですカイン」

「全く…」

ぶつぶつとうるさい彼を尻目に、ルナは資料をパラパラとめくって探していたページで止め、それを読み上げていく。

「第一の被害者は23才のアカネ=ミシマ。8:00に仕事から帰途につき、その後高校時代の友人と夕飯を食べて分かれた後から消息不明。翌6:00にこのベンチに犯人の芸術作品として展示・・・ちなみに友人の話によれば、その日はなんの変わりもなくそのまま帰宅すると彼女は言い、夜も11:00をまわっていて、その後人と会う気配はなかった」

「なかなかの比喩表現だな」

「死体で発見、なんてよりいいでしょ。さあまずこれをどう見る?」

隣りで顎に手をあてて現場を眺めるカインを横目で見やる。

「普通に考えたら公園内で拉致、もしくは殺して、どこかへ保管、人が来る前に遺棄…ってとこか」

まあ、そんなところだろう。
ベンチを見下ろす。事件以降、ひそかな注目スポットに成り果てて、お供え物も多かった。流石にもうここに座って休もうとは思えないのだろう。
ふむ。しばし一考して、ふとカインを見上げる。


「そうやって一考している様は、凛々しいな」

観・察してやがった!

むっとにらんだら、カインの瞳が穏やかに笑った。


心臓が、はねる。


(ばか…仕事、シゴト!)

惰性の自分を振り払って、一括。

「し…死因は失血死。被害者からは血が半分抜かれていた。なお後頭部に陥没痕、首にヴァンパイアと思しき2つの牙痕を発見・・・暴行の形跡はなし。抵抗した様子もないから殴られてそのまま意識を失った可能性もある。…それでサイコメトリーのカイン=ノアールはこの事件現場から何か読める?」

「無理だ」

「は?」

さっぱりきっぱり断言したなオイ。目を閉じたカインに視線を向ける。

「残留思念がもう薄くなってる。報告書通り、思念を残す間もなく意識が飛んだか死んだか、もともとの残量が無かったんだろうな。それでその間にいろんな人間の思考が入って面倒だ。時間が経ち過ぎている。この事件はいつの話だ」

「………4週間前」

「おいおい、血の匂いだって洗い流せば薄まるぞ。一体警察は何してたんだ」

あきれ返ったカインが両手でおてあげ、と言ったポーズをとって見せた。

「上は資料だけ見ればいいのよ。現場なんて行かない。いつか誰かが何とかしてくれるのを待ってる。現にこのヤマだって上層部がヴァンパイア問題として取り上げたの10日前よ。あたしが就いて貴方がつくまでスピードだったんだから」

「厄介事が能力者に回った訳か。何とも言えんな」

ルナはそのままグチの語り合いになりそうなので、あわてて話の方向を転換した。

「それより牙痕を発見したからには、やっぱりヴァンパイアなのかしら?」

「わからぬな」

「なんでよ」

「ヴァンパイアならそのままバクッとイケるだろう? わざわざ殴りつける意味がわからぬ」

バクッとイケるって…どーゆーボキャブラリーだ。そこの部分だけ強調して言いながらニヤニヤしながら見つめてくるカインに思わず顔が赤面状態になった。
もうコイツ、セクハラ紳士決定だ。もう!
笑いながら、今度はこちらの真似をするように同じ質問を返す。

「それで精神感応能力者、ルナ=コンジョウには何もつたわってこないのか?」

「………アナタと同じよ。いろんな思考が混ざりすぎて特定できない。…解放したらしたでパンクしそう」

額に指を置いてうめいてみせる。事実だった。時間が経ちすぎている。まるで色エンピツで濃淡を表すかのように思念は通り過ぎては行くものの、被害者の物が特定出来ない。

「一応思念を一通り当たってはみたが、何もそれらしい…めぼしいものはなかった。薄すぎて俺にすら掴めぬのかもしれない。いずれにせよ、遺体はココに遺棄されただけだと考えるのが妥当かと思うのだが。本当の現場は他だな。頭を強打されていたらどこかに血痕は残っていないか?」

「……ベンチの手前の、あの地面から噴き出す噴水の所。夏場はよく水浴び場になるんだけど―引きずったような跡がある。血痕はあそこだからもう残ってはいないけど、反応は出たらしいわ」

「…ところでこの事件、何人殺された?」

「………9人」

「随分自己主張が激しいな」

「いまさらそんな事聞くの?」

「ヴァンパイアが食事するには多すぎるし、人間ならば相当な狂信者だな」

「どっちにしても、その自己主張が激しくならないうちに捕まえなきゃいけないのは確かよ」

ベンチを見下ろして、荒く息をついた。
いずれにしてもカインの言うとおりだ。ヴァンパイアならそのまま人には抗えぬ力でもって襲えばいい。わざわざ動けなくする理由がない。だとしても、死因である失血死についてはどう説明をつける?血液が半分もないのに、それはそのまま行方不明。流れた跡も、未だ見つかってはいない。

「どちらにしても、ここに居る意味がないのではないか? 収穫はなさそうだ」

「ちょっと待ってよ、もうちょっと…」

なおも粘ろうとしてベンチやその周辺から離れなず気を探っているルナにため息をついて、カインはルナの腰をさらって自分の方へと引き寄せた。後から抱いている状態に、ルナが酷く動揺しているのが分かる。男を知らぬ乙女でもあるまいに、耳まで真っ赤だ。カインは笑った。

「ちょ…はなしてよ! バカ! セクハラ!」

「血気盛んな女には飽きないな。愛くるしい」

「何言ってんの! 分かるわよバカにしてるでしょ!」

「面白がっている」

「それよ!」

相変わらず胸の中でじたばたともがく彼女をやんわりとした力をこめて押さえつけ、その耳元でまじめな声で囁いた。

「ここで時間を費やしていても仕方がないだろう。お前も俺も読めそうな、最近のヤツの所で見直せばいい」

「そうもいかないわ。私だってこの事件に着いて間もないの。順番に見てかなくちゃ…」

見た目に反して根は律儀なのだろう。世の中1からはじめてきっちり10まで順序良くやっていたらうまくいかない事の方が多い。まして警察組織の中でなら尚の事だ。そんな事でよく警察などやっていられるものだ。カインは手を回している彼女の腰を更に力をこめて引き寄せる。

「効率よく行く。百歩譲って5人目からだ。他は後でも見直せる」

譲歩策に、ルナはむう、とふてくされた顔をしながらしぶしぶとうなずいて言った。

「……分かったわよ」

「行こう」

その耳元にちゅ、と音を立ててくちづけ、カインはルナの手を引っ張った。ルナは耳を押さえて顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけた。







.
5人目は資料によると一駅先のこれまた公園らしい。
入り口から歩く事数百b、目指す場所は見えてきていた。その場所をメインとしたその造りは人々の憩いの場であったことが容易に知れる。今はその人も通り過ぎるだけで、閑散としていた。そしてやはり此処も木々が多いことに気づく。ようは隠れやすいのだろうと思った。ルナは資料を声に出して読みあげる。

「5人目。レオナ=アリトウ、19才。1人目の公園の数百b先の噴水にて刺殺。物陰に潜んでいたと思われる犯人によると思われる。首筋に牙の痕があり事件性を出した。発見時は噴水が赤く染まっていて、今も像には血がこびりついている…」

読みながら、そのまま顔を像に向けた。成程、西洋建築の一部になっていてもおかしくないその女神像は、下部を中心に彫刻の隙間などに赤黒いものが見える。カインが無言でその噴水に近づいて像に触れた。しばしの沈黙の後ややあってイライラとした表情で口を開く。

「…ふん、ホシがハデに散らかしたせいで欲しいネタが掴めん。まあ「血濡れの像」として評判は呼ぶだろうな、ありがたいことに。最後に喰ってるんだかの映像が見えた。そちらはどうだ」

カインはそのまま立ち尽くし思念を読んでいるルナに声をかけた。読みながら彼女はぽつりぽつりと箇条書きのように説明を加えてくれた。

「気配からして…かすかにヴァンパイアっぽいのもある…でも後は発見時の混乱が酷かったせいか、入り乱れてる……彼女は顔も見てない・・・暗いから…そのまま意識を失った…」

「……そうか。ダメだな。ヤツはこれも見越してたのか? ったく」

媒体の噴水につっ込んでいた手をはずし、水に濡れて液体となった血のりをピッとはらって悪態をつく。
そう言われてもなあ…
ルナはぼんやりとカインをながめて、ポツリと心に呟く。夕方の空気が寒いはずなのに自分は汗をかいていることに気づいて、ハンカチでぬぐった。
空を仰ぐ。今日は頼りないばかりの細い三日月が浮かんで、薄暗い空に浮かんでいた。

「月に帰るとか、言わないでくれよ」

気づけばカインが私を見つめ、目を細めていた。

「帰るって…」

夜風がそよいで、髪が顔に散った。通り抜けてそれは木々を揺らして去っていく。カインが近づいて、顔にかかった髪を爪で肌を傷つけないようにしてくれて、そっと耳にかけて笑った。

「姫君をお返しする訳にはいかぬので」

カインと目が合う。蛍光灯の光がそのアメジストに似た瞳に入って、その瞳を婀娜めかせてみせた。

トクン。

「悪魔が姫君を、頂いていくことにしよう」
ニタリと笑った唇から、2本の犬歯がこぼれた。

トクン。

言い返せばいい。それなのに。
囚われている。
そう思ったのは、気のせいだろうか。
サラ・・・と持ち上げられた髪の毛が擦れた音をたてて。

「美しいな」

彼が言ったのは、この月か、それとも自分の髪の事だったのかは、分からなくて。

「次へ行こう」







.
そのまま戻って近くに止めてあった車に乗って次へ向かっている時はもう真っ暗になっていた。そう真っ暗になるまでも捜査は出来ない。夜になるとテンションの上がるカインを徒歩では行かせられない・・。案の定、カインは何か・・・イキイキしてる。流れていく街中のネオンを目で追いかけては戻りをしているカインに、余計な事はしないでね、と一応釘を刺しておいた。

「余計な事とはどのような? 血を頂く事か?」

面白がって遊ぶように運転中のルナの首筋をスス・・・と指で辿った。

「っ! 総合的によ! そういう事も止めて!」

慌てふためいて声を荒げれば、安心しろ、と彼ははははっと軽快に笑う。

「遊び半分に人を殺しはせぬ。そこらへんで遊んでいる若造のようにな」

「…ホント?」

遊び半分以外は殺すのかとかいうつっ込みはあえて言わないでおこう。彼は馬鹿ではないし、自分の立場はきちんと踏まえているはず。カインは鼻歌でも歌いそうなくらい陽気に頷いた。

「ああ。しかしこうして身動きの取れないお前で遊ぶのは楽しいな。ははっ」

「っちょ…さらに血管辿るのやめてよ! 胸までさりげなくいこうとしてるでしょ! 運転集中できないったら! セクハラ!」

「はは、やはりばれていたか。惜しかった」

「っ………! カイン!」

「ほらそこ右に曲がるのだろう?」

「もう早く言ってよ!」



ハンドルを大きく切ったと同時にキキキキキッとタイヤが激しい音を立てて擦れて曲がった。













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