車は自分の愛車で許可が出た。カインは一応秘密事項なのでうかつに外には出せないらしい。別に許可、というか私がいればいいという、何と変な条件つきだった。
まあ監視されるよりはありがたいことだ。
カインはあれから白のYシャツにスキニージーンズというラフな格好に着替え、こちらに似合うか?と聞いていたのでああ似合うわと適度な返事を返したら、「そのうち素敵だと言わせてやる」と豪語された。
どんな自信家だ、もう。

「一刻も早い事件解決を期待している」

カインを乗せ、車のドアをバンッと音を立てて閉めた後に、オギが窓の向こうから真摯に訴えた。

「努力、最善を尽くします」

言って営業向けの笑顔を向ける。オギはそれを見てフッと真面目に固めていた表情を崩して見せた。

「カインの食糧は君か彼自身が此処に来た時に血液貯蔵室に言ってくれれば用意しよう。送迎は基本君だが、ダメなようなら口の堅い者に向かわせよう。他に何かあったら遠慮なく申し出てくれればいい」

「感謝します、ミスター」

「構わないよ。この事件の決定権は基本私にある。・・・効力がいつまでかは不明だがね」

首をすくめて苦笑して見せた。彼は彼で苦労しているのだな、と察してそこは黙って微笑んでおく。
そのまま頭を下げてアクセルを踏み、車を出発させた。夜の街並みが次々に流れ、遠くなっていく。愛用の車はどんどん車の少ない道路をすり抜けて流れるようだ。その調子の良さに惚れ惚れしていると、車に乗ってからしばらく黙っていたカインが突然こちらを呼んだ。
ライトに煌々と照らし出される街並みを眺めた視線そのままに彼はルナ、と呟いた。だから何? と返したら、彼はふっと息を吐いた。溜め息にも似たその吐息の音に何故か身体がぞくりとした。ヴァンパイアの力って知らず自分も受けているのかもしれない。車に乗った時―脚を組み、両手を腿(モモ)に投げ出した状態のまま、何気なく口を開く。

「まずは礼を言おう」

「何が」

「俺の世話を引き受けてくれた事だ」

「上官の命令とあれば、私は逆らえないもの」

「お前もオギのように縛られているクチか」声が不機嫌そうにトーンを変えた。

「お前言わないで。人間はそうなのよ。長いものには巻かれるの。警察ではそれが階級なのよ」

嘆かわしいと言わんばかりに返されたので思わずムッとなって返す。それでもカインには納得出来かねない様で、よく分からん、と言ってそのまま口を閉じてしまった。それからしばらくは車のカアアア…という騒音だけが車内に響いているだけだった。
そりゃあ自分だってわざわざ好き好んでヴァンパイアと暮らすわけじゃない。あの上官は確かに腹立つけれど、性根はそれなりにいい。うん、いい、と信じたい。今更だが、裏切る訳にもいかないし。

「命令とはいえ」

眠ってしまったかと思うほどに長い時間の後、突然ふと思い出した様にカインがまた口を開いた。

「男を部屋に上げる勇気には感動するな」

「……ほっといてよ。上官命令だって言ってんでしょ」

「涙が出そうだ」

「嘘つき」

「男はいないのか? 恋人は?」

「いない。女子のプライヴェートにつっ込みすぎよ」

「今まで付き合った経験は?」

「あるけど…言いたくない。ほっといてったら」

「悪かった」

「………うそつき」

そうして家に着くまで、互いに沈黙のまま過ごしたのだった。






「フム・・・まあまあだな。広さも良好」

そしてやってきたルナの部屋を見て、カインがぼそりとそう呟いた。まあまあときたか。大げさにため息をついて声を上げる。

「どーせあなたは冷蔵庫とレンジがあればいいでしょ。キッチンなんか必要ないくせに」

監視対象を視界に置いておく、という名目で、自分の部屋にも入れねばならず、それでも粘って自分のプライヴェートは何とか死守した。と言うか上司を脅しつくした。これくらいは当たり前でしょ、とかいいながら。(そんなとこまで盗聴器が入ってはたまらなかったもの!)
ふーっと息を吐いて、ソファにカバンを置いてからキッチンに向かい、自分の冷蔵庫をからミネラルウォーターを取り出した。冷蔵庫は小さいのもう1ついるだろう。食糧の中に血液パックが一緒に並んでるなんて光景は嫌だ。
向こうの部屋でカインはまだ室内散策をしているらしい。遠くながら声が聞こえる。

「まあその通りだが…でも共に食事くらいはできる。要は気の取り込みかただから」

「humanの食事?」

「ああ」

「結構。無理して食べられてもこっちの気分が悪くなる」

「了解。気が向いたときにする。ルナの機嫌を損ねるのは決して得策じゃない」

「解ってるんならいいわ…」

そう言ってふり向いた次の瞬間にはカインの胸の中だった。カインに手首をつかまれて身動きが取れず、そんな予想外の彼の行動に大きく動揺し、精神が乱れた。

だめだ。

頭2つ分大きい彼の顔を見上げて、なんとか気を張って彼を見上げた。

「何の真似?」

カインはきっと読めているだろうから、こっちの動揺なんて知れてるんだろう。そのことがなんかとても悔しくて仕方なかった。
カインはその秀麗な美貌に笑顔を貼り付けて言った。

「言っただろう? 俺がどうしても、の時はくれるって」

そう言って右手で私の腰に手を回し、左の人差し指でトントン、と首の血管をたたく。そうしていとおしむ様にそこをツツ・・・と辿った。あまりにも単純で意味のない行為が、彼にかかるとまるで官能的だ。身体が反応するようにゾクッ…と震えた。近くなったカインの空気にクラクラしたような気がした。
掴まれた手首を振りほどこうと必死にもがいてみるがびくりともしない。それでももがきながら言葉で反抗する。

「それ…がっ…何で今なわけ! てか機嫌を損ねるのは得策じゃないって言ったじゃないっ…」

「空腹は我慢できる。ある程度は。でも今はダメだ。ルナ。出てきたばっかりなのでな」

言葉を区切って息継ぎをするように息を吸ったカインは、すがるように両手でルナの肩を掴んで目線に頭を下げ、その瞳を見すえた。


「だから、今、ほしい」


「カイ…ンッ!」

目線が外れる前思わず見てしまった。吸い込まれんばかりのパープル・アイは、その瞬間蠱惑の赤の瞳に変化している。気づかなかったが、長い牙も口からのぞいているのがちょっと見えた。白磁のような白い牙。なんて血に濡れた姿が似合う生き物なのだ、とふと思ってしまった。

後はもう、わからない。

ブツリ。

そう、首もとで音が聞こえて。

ズズッ…ズ…

一コマ置いて、啜っている音が首元でして、耳を侵していく。
何これ。何これ。
熱い。身体中の血がまるで吸われたがっているかのように沸き立っていた。そして身体が疼くように痛い。首元で熱い吐息が零れた拍子に思わず反応してしまう。

「あ…あ…カイ…ン」

「黙っていろ。逆にそそる」

まるで違うカインの口調。その声が、やけに熱っぽく聞こえて。
咬まれた所が、ひとしきり熱くて。
身体中が、かき回されて揺さぶられているようで。
何がなんだか、分からない。
やがてひやりとした感触がそこをたどって、カインが首元から顔を上げた。ゆるゆるとその顔を視界に入れればもうあの瞳ではなくキレイなパープルに戻っている。視線が一時交じり合って、それを確認したら急に脚がガクンッ、と折れた。
地面の衝撃が加わる前にカインが咄嗟に身体に手を回して支えてくれて、そのままゆっくりとフローリングに脚をつける。

「すまなかった」

涙でかすむ視界の中上を見上げれば、カインは申し訳なさそうに眉を下げていた。

「すま…ナイで…ッ…すむことじゃっ」

言葉に、声にならなくて、それだけを喉からしぼり出すのが精一杯だった。後は掠れて声にならない。頭の中もぐちゃぐちゃだ。動揺しまくっているこちらを察したかどうか、カインは半ばやけくその様に言い放った。

「ああ解っている。でもこれが俺だ。これがヴァンパイアだ。……こわくなったか?」

見下ろす瞳。
もうヤダ。なんで。
何で、ナンデそんな哀しそうなのよ。
許しちゃうじゃない、そんな。そんなコト、言われたら。そんな目、されたら。その瞳を見たら、一気に頭が回路を取り戻していた。

「今…さらよ。それこそ」

そう言ったら、カインの表情がなんだか泣き笑いの様に変化した。安心した、でも哀しい、そんな感情がせめぎあって現れている。

「そうか」

それでも呟いたたった一言には、安堵した響きが混じっている・・・様な気がした。

「………もっと丁寧にあつかってよ」

「努力する」

「するんじゃなくてして。そうして」

「オーダーの多いことだな」

「アナタのせいよ」

「そうか。ならいいかもな」

「カイン!」

くくくと笑いながらからかうような眼差しを向けるカインに、貧血の今じゃ太刀打ち出来なかった。





「………カイン」

「うん?」

「もう…離して」

「何故だ?」

「オフロ、はいりたい。血生臭いし」

「共に入るか? 今の状態ではのぼせるぞ」

「ばか!」






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