帰ってくるとオフィスの窓枠に身体を預けているカインの姿が目に入った。暗闇の中でその瞳がギラギラと燃えるように輝いていた。見上げたその顔にはただ怒りがあふれている。

「なぜ俺に黙っているんだ」
「何がよ・・・?」

そう口に発した途端、ガッ!と力一杯右腕を掴まれ、そのまま壁に押し付けられる。夜闇にきらめくアメシストの瞳がこちらを見下ろして睨みつけている状況だ。その威圧感のあふれる眼差しに背筋がぞっとさざ波を立てた。

「・・・・・狼に一人で会ったな」

はたしてそれがたった今のセイルの事なのか、王であるヴィオの事なのか今は分からない。

「俺が、ヴィオが何の為に傍にいるのか知っているか。狼からお前を護る為だ。それをお前は黙って会うなんて・・・」

カインの表情が徐々に悔しそうな表情に変わっていく。震える吐息をもらしながら答えた。

「狼とヴァンパイアの関係は貴方も知っているでしょう。互いに孤高の存在である貴方達は会っただけで抗争の元にもなりかねない。私は関係があったからこそ、干渉していける。その信頼を裏切れば迷いなく私は殺される」
「だからって!」

うなだれるまま、彼は耳元でかすれた声で囁いた。

「俺を置いていくな・・・・」

ぞわり、とその声に身体が芯から反応して震えた。自分の中の彼の血が反応しているのだろうか。彼との繋がりを、彼の声だけで感じる事が出来るのに酷く安堵を覚えるとともに戸惑っていた。

「俺は・・俺達はお前を護る為に在る・・・どちらでもいい。狼に会う時はどちらかを連れていけ。ルナ一人の必要など何処にもない。それくらいの交渉はしてしかるべきだ。」
「でも」
「ルナ」

囁き声、でも芯のある声が耳元で諌める様に囁く。そのまま首筋にふつと当たる唇の感触が、冷静だった心を欠いていく。

「心配なんだ」

顔を上げて見下ろしてきた瞳に飲み込まれ、息を飲む。身体が動いてくれない。どうしてこのヴァンパイアはこんなに引き付けられるんだろう。

「ルナ」

たしなめるように再度名前を呼んでくるカイン。考え、そしてかさついた唇を引きはがして答えを出した。

「・・・・・・・・・・3日後、王の経営のカフェで会う異種がいる。でも外で待つだけにして。貴方も、ヴィオもよ。」
「ルナ!」

やっと視線を外し、カインから顔を外したまま彼を諭す様な声で続ける。

「会う異種は貴方達を許しても、王は決して許さないと思うの。お願い、精一杯の譲歩よ。」

ゆっくりと顔をカインに向ける。真剣な眼差しで向かえば、彼はやがてルナの二の腕を掴んだまま悔しそうにうなだれた。

「・・・・分かった」
「ごめんなさい・・・心配かけて」

そ、と左手をカインの腕に差し伸べて、二の腕に触れる。途端にその腕をぐい、と持っていかれカインの胸の中に倒れ込んでしまう。びっくりしてそのまま上を見上げれば、今度は何処か悪戯な眼差しのアメシストの瞳が覗き込んでいた。

「態度で俺に示せ」

そして視界が彼のアメシストで一杯になった後、唇が冷たい温度に支配された。










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