「兎に角・・・」
ルナはその黒い黒曜石にも似た瞳を持ち上げ、カインの方を見上げた。
「確信ではないけれどこれで犯人の目的は魔女に対してもかたき討ちではなくなった。もう一つの目的がある可能性が高い。」
「そうだな」
その時先程激を飛ばした現場官が泡を喰ったようにワタワタとこちらに駆けてきているのが視界に入り、近くまできてまだ息の整わない彼をせっつく様に問いかける。
「分かったの?さっさと知らせて」
「ひ・・は・・・はい。被害者はロバート・バレット。40歳。高校の用務員です。2日前から姿が見えなくなっていて捜索届が出ていました。両親は地方で暮らし、本人は1人で生活していたようです。両親とは最近あっていなかったそうですから今回の件で母親はショック状態で入院、今は絶対安静の状態です。話を聞こうもきけませんね。」
「・・・・ちょっと待って、彼の職業は用務員って言ったわね。まさか・・・」
「・・・・そうです。コンジョウ。2件目の被害者を発見してげえげえ吐いていた用務員ですよ。まさかこんな事が・・・」
現状を知った現場官の彼の表情も今は酷く硬い。汗が顔を伝うのも拭わず、ただルナの顔色をうかがっていた。ルナの方はしばらくその場で考え込み、しばらくすると決意の顔を上げる。
「犯人のもう一つの思惑が見えないけれど、今回のバレットの件で事件に関わった人物に及ぶ危険性があると言う可能性が出てきたわ。被害者に関わりの深い人物たちを中心に警戒を、そしてもっとも深い者には警護をつける要請をして。」
「は、はい!」
慌てた現場官の彼の姿を再び見送ると、ルナはカインとヴィオに向かってゆっくりと、だが芯のある声で威厳ある女王の様に告げた。
「カイン、関係者の周辺の洗い出しをするわ。データと死体から再度読む。私はまだ見逃している事があるみたい。やる事が増えたわ・・・ヴィオ、魔女関係の事でもう少し資料が欲しい。オフィスに帰ったら資料集めにお願い。」
「「了解、ルナ」」
二人は彼女を見つめ、その声に応えるように真剣な、女王に使える騎士のごとき眼差しでその声を揃えて言った。
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オフィスに戻る前、車の中にカインとヴィオを残してまたヴィネのカフェに立ち寄った。扉を開けた先のヴィネの顔は酷く訝しげなものだったが、次に離れた所に止めていた車を見て、瞬間的に何かを察したのだろう、黙ってこちらを入れてくれた。
コチコチと針音を鳴らすアンティークの八角柱時計は入った瞬間に別世界へと誘う番人のようだ。いつも鳴っている一昔前のクラシックはかかっておらず、時計の音だけが室内を満たしていた。
ソファをそっと指し、こちらに腰掛けるように促すと、自分に向かい合う様に座ってこちらを見つめた。
「どうやらゆっくりは出来ないみたいだからね。お嬢さんの意向をくみ取って、お好きなコーヒーは出さないよ。」
「ええ、そのつもりです。ヴィネ。早速本題に入っても?」
「ああ。私はいつでもいい」
では、と切り出して、ルナはしかとヴィネの瞳を見つめて口を開いた。
「本日、魔女が殺されました。」
「ほう・・・」
「それまで、魔女狩りの拷問を模した残忍な殺人が行われていました。それらは全て魔女と関わりがあったとされる者の末裔・・・魔女が殺されたのは今回が初めてです。そこで私は、事件の関係者全てに警戒と、被害者に近しい者には警護を付ける要請をするつもりです。しかし・・・」
「しかし?」
相変わらず静けさが漂う中に、目の前の人物の異様なまでの威圧感を余計に感じてしまう。仕事の時にヴィネと会うのはこれだからつらいだ。本人も無自覚なまでに放つその威圧感に、いつでも押しつぶされてしまいそうになる。
「・・・関係者の中に、人狼がいるのです。ハーフ人狼なのですが、おそらく完全な変身すら出来ないでしょう。今回の魔女もそうでしたが、犯人はさしも力のないハーフを狙う可能性がある。彼らの・・貴方方の世界ではウィズアウトというのでしたね。彼らの警護を・・・貴方の捉えやすい言葉で捉えてください。彼らを護ってほしいのです。」
ヴィネは一瞬眉根を寄せると、すぐに分かった、と頷いた。聡い彼の事だ、それだけではない事もすぐに悟っているだろう。こちらもあまりこれは言いたくない。警護とは名ばかりに、自分は「種族間抗争を避ける為に貴方の嫌いな力無き者を護れ」と言っているのだから。
「あの忌まわしい事件に、他の種族をも生贄にしようというのか。そして魔女の敵討ちがとうとう己の種族にまで持ち出した・・・犯人は一体何を考えているのか・・」
呻くようなヴィネの声にルナは視線を下げたまま水の様に緩やかな声音で彼に告げる。
「私が絶対に貴方の種族を殺させる真似だけは致しません。期間はいつまでかは解りませんが、彼らの安全が保障されるまでは。彼らのデータは後ほど調べ、貴方の携帯に送ります・・PCの方がよろしいですか?」
「そうだな、いろいろそちらの方が都合がいい」
みなまでは言うまいと、ヴィネがふ、と息を漏らして立ち上がった。ようやく重苦しい空気が解かれ、身体にかかる重みが無くなる。見上げればそのエバーグリーンの瞳が静かにこちらを見下ろしていた。
「もう行きなさい。忙しいのだろう?ウィズアウトたちの事は何とかする。君から資料を貰ったら行動しよう。・・・これ以上此処にいると、理性の利かぬ者が集まりそうだ。君からのその・・死んだ人間の匂いに」
そして彼は少し困った様な顔をした。ああそうか。現場から直行したから・・・やはり後で来るべきだったかと軽率な行動を後悔しつつ、ルナは何も言わずにただ帰ります、と呟いてからヴィネに習う様に立ち上がり、ヴィネに見送られるままに出口の扉に歩き出した。
やがてルナが去った後に奥の方の暗がりの中からオリーブの瞳が光り、狼の王たる彼に意味ありげな視線を向けた。
彼はゆっくりと目を閉じて思考し、そしてひとときの間の後静かな空間に言葉を突き刺す。
「我らに余計な泥を被せるウィズアウトたちなどさして気にも留めぬ。ゴロツキだろう。合図は私がする」
「では」
「期を見て、殺せ」
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