簡素なマンション住まいの質素な暮らしの家族。パッと見た感じはどこにでもある風景、どこにでもある家族だった。
その年齢にそぐわぬ程被害者の母―マルガリータは秋の空の下に輝く小麦畑の穂のような色のブロンドをたなびかせ、こちらを見つめていた。


「突然このような形でお邪魔してすみません、ミセス=ブラント。捜査官のルナ=コンジョウです。申し上げにくい事ですが、息子さんがお亡くなりになりました」


「まあ・・・そうでしたの・・・・」


「申し訳ないのですが、息子さんの死には不審な点がいくつかありまして。お応え頂ける事だけどよろしいので、いくつかお伺いしたいのです。ああ、後から連れも来ます。」


「そうですか・・・・ではお上がりになって」


ピピ、という電子音が響いた後、扉がシュン、と音を立てて開いた。
お邪魔いたします、と声をかけて中に入る。
彼女に案内され、リビングの方に通される。柔らかく太陽の代わりの代用光が差し込み、大きな観葉植物の鉢植えが壁の隅に立つ。レースのカーテンは風もないのにさわさわと揺れていた。
夫人に勧められるままに中央にあるソファの一つに腰かけた。対面するように夫人が向かいに座り、こちらを見上げる。
美しい人だ、と思った。優雅な仕草、にこりと作る儚げな微笑み、少しくすんだ色合いのブロンドはそれでも手入れがされて輝いていた。でもまるでこの世の者じゃないみたいな雰囲気が彼女に漂っている、そう感じた。


「息子さんに最近・・・お会いになったのはいつ頃になりますか」


その言葉に彼女はゆっくりと瞳を閉じ、考えるように沈黙した後、その薄い唇を開いた。


「最近は、2.3年程顔を見ていません・・・私とは口を聞きたがりませんでしたし、私も極力避けていました。あの子は不義の子・・・主人が私と結婚する前に不貞を犯した、その罪の証なのです・・・ああ、あれさえなければ、今の私はもっと幸せだったのかもしれませんわ・・ミス?」


「コンジョウで結構です、ミセス=ブラント。ご主人はどちらに?」


彼女はちらり、と部屋の戸口に目を向けると、ふう、と少しだけため息をついてから答えた。


「・・・・おそらく書斎かと。あの人は本が好きなのです。最近は私より好きなのではないかと思う時すらありますわ。」


「行ってもよろしいですか?」


「ええ、結構よ。貴女が今日いらっしゃる事は先の電話で承知ずみですもの。扉を出て、左、奥の突き当たりの部屋よ。まあ、書斎と言っても簡素なもの、マンションですからね」


では、と立ち上がろうとした瞬間、タイミング良く玄関の方でベルが鳴った。話を聞くには自分一人の方がいいだろうと、後から来ると言っていたカインだろう。目の前に座る夫人に軽く微笑みかける。


「ああ、連れも来たようです」


「あら、そうなの。どうぞ、お入りになって頂ける?」


彼女が立ち上がってパネルを操作すると、呼応するように扉が開かれ、やああってカインが姿を見せる。


「ルナ」


彼に書斎に行く旨を伝え、夫人に会釈をしようと振り返る。すると彼女は何故か酷く目を丸くしてこちらを見つめていた。
ああ、と立ちつくした彼女の口からそんな声が漏れた。ミセス・ブラント?と声をかけると、夫人は先ほどまでの儚げな笑みとは全く違う笑み、細い唇を弓状にきぃとつりあげて微笑んだ。
その笑みに何故か寒気がした。


「まあ、ルナ・・貴女はルナと下のお名前はルナとおっしゃるのね。嗚呼女神様、あの罪の証が浄化されたら、女神様が直接我が元へおこし下さるなんて・・・」


まあ、まあ、と呟きながら、彼女はよたよたと歩きまわり、両手を組んで祈りを捧げるようなしぐさをする。その瞳は夢を見ているように虚ろになっている。


「ルナ・・はやく書斎へ」


彼女が気になりはしたが、背中を手のひらで押され、止むなくその場を後にする事にした。


「・・・名前を先に名乗らなかったのか」


廊下を歩きながら、横に並んでいたカインがポツリと呟くように訪ねてきた。


「名乗ったわよ・・・捜査官ライセンスも見せたのだけれど・・・見えてなかったのかしら」


取りだしたライセンスをそっと撫でる。カインはむっつりとした顔のまま、何かを考えているようだった。












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