「そもそも、魔女の歴史をたどると起源は古いんだ。聖なる書物にもその一文が載せられている。それを教誨は魔女迫害の・・まあ一種のポリシー・・というか、基本原則にしたんだ。」
「魔術師の女は、これを生かしておいてはならない=Bこの魔術師を、魔女と解釈するのかは定かではない・・しかし、この一文があるせいで、血と狂気にまみれた魔女狩りを広めていった・・罪のない女がたくさん死んだ。」
そ、と画の女性をなぞる。絵の中の彼女は固く冷たそうなベッドに腰掛けて、窓というにはそれこそ相応しくない、小さな穴を見上げている。疲れた様子とはうらはらな程に、その瞳は強く、そして強さを秘めたその姿は儚い印象を見た者に持ちあげさせた。
画に見入っていた自分に、カインが分からない、という風に首をかしげていた。
「この画のように、当時魔女として捕まった女たちはこんな好待遇なんか受けていなかった。朝も夜も分からぬ拷問部屋でずっと全裸のまま、穴という穴を大きな針でつつかれ、口にするのもおぞましい拷問を受け続けていた。そのような事を休まず受け続けていたらどうなる?涙も枯れ果て、意識を保つもの難しい。苦痛から逃れたいために、女たちはやってもいない罪状を並べ上げた。」
「・・・するとこの画は・・・そんなに古いものではない、ということね。願望めいたものが込められているというのは、あながち外れてはいないんじゃないかしら」
ルナは見つめていた画から視線を外し、カインへと移動させた。紫電の瞳がゆるりと動き、こちらを見つめ返す。一瞬の間の後、彼はふ、と息を吐き、そうだな、と口を開いた。
少しためらって、優しく微笑を返した。
あの日から、カインの態度が変わっているというのは分かっていた。ヴィオだってあれから自分に手を出してくるようなことはない。ぐらついている自分を彼は分かっているから、待っているのだろうかとも最初は思った。
彼は機会をうかがっているのだろう。カインが少しでも目をそらすその時を。彼はしたたかだから。いずれ話しあわなければならない。どちらとも。
沈黙が流れてしまった一瞬の時を、ヴィオがそれでね、と言ってきりだして壊す。
「ちょっと論点からずれちゃったから元に戻すけれどルナ。魔女はもともと『産婆』、だったんだ。」
「産婆・・・って、出産を助ける助産師でしょう」
彼から出た言葉に驚きが隠せずに目を見張る自分に、横からカインが口を挟む。
「魔女の語源はWicca Hexen(ウィッカ・ヘクセン)「賢い女性」からきている。魔女狩りの前半期メルヒェンの魔女によく見られるように、異端とされ多くが火刑に処されたのは森の中や村はずれで孤独に住む年寄りの女、宗教に反する異端の者だ。それはまた民衆の慕う医師であり、『異界からの道』と考えられた女性の産道を通って生まれる赤子を、民衆の知り得ない医術でもって取り上げる産婆だった。」
それをしごくつまらなそうな視線で見やって、ヴィオが勤めて冷静に口を開く。
「賢女は民衆たちの唯一の医師・・ドクトゥールだったんだ。
Saga・・神話や物語の時代の医術の心得を持つ女性たちは民衆から『賢女』として慕われ、女性だけでなく男性に対しても医術を行っていた。その知識はきっと先祖伝来のものだったんだろうね。
特に出産に関しては自然界の薬草を使い、産婆の役目を果たしていた。
昔は今みたいな技術もない。出産は死と隣り合わせだったからね。赤子は異界から、それも『産道』という異界に通じる道を通ってくるから、まだ生と死の狭間の存在だった。生まれ出でてはじめて生者と認められたんだ。
賢女・・普通の人々なら知り得ない薬草を使いこなし、まるで秘術のように人々が知り得ない医術をこなす彼女たちは現世と異界を行き来する存在のようなものだった。
だからこそ民衆は彼女たちを慕い、時に畏怖の対象とみなした。魔女狩りの時代の生贄のリストに真っ先に乗ったのが産婆と呼ばれた賢女たちだ。民衆は怪しげな知識を持っていた彼女たちの事を口にし、彼女たちは真っ先に広場に引きずりだされ、おぞましい拷問の末火刑に処された。」
「そんな・・・」
その事実にルナはただ絶句するしかなかった。先祖から伝えられた医療の知識を持っていたが故、医療を行っていた彼女たち。だがその豊富な知識故民衆によって全ての汚名をかぶり、火あぶりになっていたなんて。
「でも・・魔女狩りのターゲットは、その・・老婆だけに限らないのでしょう?画で見る限り、若い女性も多かったわ。」
「そう、最初の老婆の姿の魔女はステレオタイプさ。様は、その時の社会状況―飢饉や悪天候、ペストなんかで人々が恐怖に内震えていた時代。では人々の恐怖と混乱を収めるためには何が必要か。社会的生贄さ。それが彼女たち賢女から、名のある貴族たちや領主の妻とか、あるいは自分から名乗りあげた若者たちとか、若い世代に変わっていったの。まあ若い世代は、都市部の方が主だったかな。」
「若者・・・!?なんで・・」
それは、とカインが腕を組んだまま言葉を継ぐ。
「昔風に言えば、『悪魔に取り付かれた』だな。今の世で言うと精神的なモノだと考える。若者は何と言うか、影響を受けやすいから。後は伝言ゲーム式に行くんだ。自分が悪魔に連れていかれてサバトに参加しました、その集会ではあの人を見ました。で、その人も引きずり出される。で、拷問に耐え切れずに隣人の名前を出す・・・の繰り返し。若者の例を挙げるなら、ある村で処刑された魔女の半数が22歳以下の若者だった。」
あまりの衝撃に絶句するしかなかった。兎角昔は飢饉や伝染病を悪魔などのせいにしていたのは知識として少しは知っていた。しかし、生贄として民衆たち自身が差し出した賢女。己を魔女として差し出した若者たち。拷問に耐え切れず、知っている友人の名をあげる罪悪。
ぞっ・・とした。思わず自分自身を抱きしめ、その二の腕をさする。
「なんだか・・・人間て怖いわね・・自分が言うのもなんだけど」
「それが人間だ。繰り返すのがな。」
早速繰り返したぞ
突然、意図せずして電子音声が部屋中に響き渡った。一瞬ビクン!と身体が跳ね上がったが、聴きなれたその声にルナは顔を上げ、目の前のPCに目を向けた。
シュン、と画面が唐突に変わり、中年の男性の映像を結ぶ。
「オギ!」
ごきげんよう、ルナ。おぞましい事件ばかりを任せてしまってすまないが、事件だ。
にこりと微笑み、紳士の雰囲気を漂わす彼はとても警察の人間とは思えない。まあこれが彼の仮面なのだろう。どちらが仮面なのかは解らないが。
「ごきげんよう、ミスターオギ。先ほどの言葉を繰り返す様で申し訳ないのですが、『繰り返した』とはその事ですか?」
そうだ、と電子音声がオギの声を紡いだ。下の方に映るデスクをコツコツと指で叩き、その柳眉をきゅうと歪めた。
「学校のプールで、水死体だ」
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