瞬時に反応し、悲鳴のした方向を探るべく耳、能力全ての神経を研ぎ澄ます。


「現場官!ただちにこの周辺を封鎖!夜だから通常より楽勝でしょう!」


「捜査官!今の悲鳴は・・・」


泡をくらったような顔で先程の彼がこちらに叫ぶ。キッ、と眼差しをきつく投げて、ルナは先程より大きな声で叫び返した。


「取りあえず言う事聞きなさい!尋常じゃないのが分からないの!?」


その声にようやく我に返ったか、彼ははい!と大きく返事をして駆けていった。
それを見届ける前にカインたちはすでに走り出している。


「何処!?」


走りながら叫ぶため、空気が強制的に口腔内に入ってきて呼吸の邪魔をする。ついてくればいい、とカインかヴィオが言った気がして、必死に喘ぐように呼吸を整え、兎に角今は彼らの後ろ姿を追いかけた。




新世紀になっても旧時代、旧古世紀の遺物というものは少なからず残っている。最先端の学校群のすぐ横にさびれた塔があるとは思いもしなかった。たどり着いて、ルナはその暗黒の中にたたずむ塔を見上げた。崩れかけたレンガ。苔の生えた建物。ガラスの無い窓。円筒形の塔と背の低い屋敷のセットだった。屋敷というにはおこがましいのかもしれない。半分むき出しの室内はもうその時代の面影を消し去っていた。


「こっちの・・鐘つき塔の方だ・・・」


少し息を切らしながら、ヴィオが蒼ざめた顔で呟いた。男性にしては少しほっそりとしたその指を塔に向けて上げる。とその表情が一気に固まった。


「くっ・・・・」


耐え切れない、という様に反らす彼を見て、ルナはおそるおそるそちらを見上げた。


―途端、血の気が引いた。


もはや生のある者のいないそのさびれた塔の方、四角いガラスの無い裸窓の奥で、黒い塊が見える。それはもう何かは分かっていた。人だ。首をつられている。人間の目にはよくわからないが、傍に居たカインは、血臭がする、と呟いた。どうしてこんな近くで、立てづづけにこんな事が・・・茫然としていた自分を叱咤し、遅れてきた現場捜査官に激を飛ばす。


「周辺の封鎖は済んだわね?!それからここも人一人、いいえ、ネズミ一匹すら逃さないよう見張りなさい!後、鑑識と・・・一応病院も!」


「・・・りょ・・了解しました!」


二人に目配せをして、塔の入口へと足を向けた時、不意に意識が遠のき、映像が脳内に侵入した。


「く・・・・!」


完全に意識を失わぬよう力を制御しつつ、崩れかけた身体を苔むしたレンガに持たせかけた。二人がこちらを呼ぶ声がきんきん響く。


「ルナ!?」


「・・・・だい・・・じょうぶ・・・意識はあるから・・・・・・」


そのまま足を引きずる様にして螺旋階段を上っていく。コツコツと響き、反響する塔の中は、闇も追加されてより一層不気味さを増していた。
やっとの事で屋上にたどりつくと、室内にぎい、ぎい、と重みのある物体が揺れる音がしている。手にしていた携帯人口光をつけて、絶句した。


「・・・・ぅ・・・・」


身体中が穴だらけだ。そんな深い傷ではないが、大きな針状のモノで刺されている。刺されたそこから少量の血が流れている。そんな大量ではない。
だが、こんな身体中、ずっと刺され続ければ―いずれは発狂してしまうだろう。
案の定、突如として気ちがいのようになった意識映像が弾丸の様にルナの身体を貫いて、脳に助けを求めてきた。


「・・・・ぅあ!・・・」


あまりの事に耐え切れず、その場に膝を折って衝撃を和らげようとしたが、もう遅かった。




―ジジ・・・・痛い痛いいたいイタイ・・・さっきから身体中を刺されている・・針?じゃないもっと大きい・・ああああああ!!!!また刺したあああああああああいたいいたいいたあああああいいいいい!!!!助けて助けてだれかあああああ!!!もう何も出ない血も流した何をのぞむんだああああああいたあいいいいい!!!・・・・・








ハッ・・・・・





気がついた時には、冷たいコンクリートの地面に寝転がっていた。寝かされていた、というのが正しいのだろうか。冷や汗をかいていたせいか酷く身体が冷え切っていた。傍らにいたカインがほっとしたようにこちらを覗き込んだ。


「大事ないか」


ごつごつと節くれだった左手がそっと額に当てられる。気持ちがいい。そのまままた目を閉じ、呼吸を整える。また、意識をとばしてしまったらしい。あの時以来だ。それでもあのショッキングな記憶を視て、意識が飛ぶ程度で済んだらいいのだろうか。否、素人じゃないんだ。そんな言い訳じみた事は止めよう。カインに礼を言ってゆっくりと身体を起こす。


「・・・・また意識飛ばしのね、ごめんなさい」


「・・・・・ルナの方が大事だ」


心配そうに見つめてくる瞳が痛い。


「ありがとう。塔の・・・・あれはどうなった?」


「・・・・・今下に降ろして調べている。あれも・・魔女に対した拷問というか、検査の一種だな。魔女は痛覚が存在しない箇所があるとされていた。魔女マークというんだが。そこを探り当てるために針状のモノで身体中を刺すんだ。一カ所は血も出ない、痛みもない所がある、そういうところがあれば処刑された・・」


言いづらそうに途切れ途切れに説明をしてくれるカインを横目に見て、ルナはそう、とそれだけを呟いた。立ち上がり、服にホコリが付いていないか見渡してチェックする。まあ、そんな気にする服を着ている訳じゃないけど。横から心配そうなカインの顔がこちらを見つめていた。


「大丈夫よ、行きましょう。まだ視ていないモノもあるかもしれないわ」


ニッコリと彼に笑いかけて、彼女は再び塔の最上階の階段へと歩みを進めた。










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