一昔前のそこから眺める景色はきっと良かったのだろう。丸い部屋、壁際はレンガ製で朽ち果て、指で触るとボロボロと崩れ落ちた。中央に横たえられた遺体は闇の中で青白く浮かび上がっている。その身体は穴という穴が開けられ、血が流れて痛ましい。目を反らしてはいけない。ぐっとこらえて対面した。


「男性ね・・・・まだ20代?身元を教えて」


「ベルナール・トゥールーズ25歳。クラブの従業員ですね。5日前から行方不明で、一昨日同居人から届が出されたようです。家族は地方で両親が暮らしていて、今連絡をとっています。」


「そう・・・・まず同居人から話を聞いた方がいいわね。後は現場から採取できるものを片っ端から取っていって鑑識に回して調べて。」


「了解」


その姿を見送ってから、ルナは遺体の前に膝を付き、手を差し出した。深呼吸をし、映像に備えてから目を閉じて布越しの遺体に、触れた。
刃物で刺されたような痛みが身体中を支配した後、映像と音が流れ込んでくる。



ジジ・・・・真っ暗な・・・音・・・ここの塔を登る音・・・月灯りが差し込む窓、その光がフードの人間を映す・・・痛い痛い・・・もう意識が・・・あああああああ!!!もういやだいやだいやだあああああああ!!!!刺された・・・針?・・・あああああちがうそんなものじゃないもっと大きい針みたいな・・・・あああああああああ僕が何をした!・・・もうやめてくれやめてくれねむらせてくれあああああああ!!!!



ハッ・・・・・!・・・・



「く・・・・く・・・・・・ぁ・・・・」


記憶があまりにも強烈過ぎて身体にまで残響が残っている。痛い。身体中が刺された痛みが襲ってくる。両手を地面に付き、歯を食いしばってこらえる。冷や汗がドッとあふれだす。これは最期の痛み、残響だ。しっかり受け止めなければ。これを犯人に知らしめてやらなければ。


「ルナ・・・!」


カインが背中をゆっくりとさすってくれて、少し楽になっていく。ヴィオがそっと手を貸して立ち上がらせてくれた。


「くそ、犯人は何がしたいのよ?!魔女狩りの拷問をこうして被害者に与えるなんて。彼らは日常を繰り返して年をとって死んでいく、普通の人間!」


「ルナ・・・・」


「調べなおすしかない。ルナ。あのフードの人物も気になる。魔女狩りに使われた拷問をこうまで引っ張るのもおそらく意味があるんだろう。」


カインの言う事ももっともだ。歯を食いしばり、手のひらを見つめた。あの感覚、彼が―被害者が最期に味わった苦痛。あの痛みが続けば、誰だって狂ってしまいそうになるだろう。狂った方楽なのかもしれない。
あるいは、死んだ方が。
ぶんぶん、と否定するようにかぶりを振って、遺体を見た。
自分はとてもじゃないがまだ死にたいとは思えなかった。





入口まで戻ってくると、なんだか外が騒がしい。夜だから人通りも少ないし、犯人もそう遠くまで逃げていないとおもったけれど、妖しい人物は発見されなかったとのちの報告で知らされた。すぐに殺して逃げた?どうやって?あの悲鳴の後すぐに封鎖命令をだしたはずだ。どうやって?魔女の様にそれこそ空を飛んで行ったとでもいうのか?
考えながら下りていくと、出口のkeep outのテープ越しに警官と誰かが言い争いをしている。
もう!これだから厄介なのは嫌いなのに!


「何をしているの?」


少々とげのある言い方になってしまったが、やああってその仲裁に割って入ると、どうやら警官と女性が言い争っているようだ。女性の方が警官に向けていた視線をばっとこちらに向ける。ハッとするようなアクアマリンの瞳だった。すらりとした立ち姿。黒髪のミディアムロングを揺らし、綺麗な顔は怒りの為か上気している。


「ねえ、貴女偉い人?ちょっとこの石頭どけて話を聞いてくれない?」


「いしあ・・・アンタねえ!」


カッとなった制服警官が慌てて彼女を入れまいとガードする。ちょっと!と彼女が対抗するようにテープと警官越しに身を乗り出してくる。


「貴女は?」


「・・・・そっちの大学群の院生よ。気になる事があったのでこちらに来てみたの。ねえ、人が死んでいるんでしょ?」


「・・・・貴女。名前は?」


「アンナ・ロッサ。ねえ変な気配がするの。ウィッチの匂い。・・・」


「ルナ?」


後から続けて出てきたカインとヴィオがこちらを見て、カインが彼女を視界に入れると驚愕に目を見開いた。アンナがぱあ、と顔を輝かせる。


「カイン!」


「お前は・・・ロッサか?」


カインが確かめるように彼女に問いかける。その様子を見て胸の中に黒々としたものが立ち込めてくるのが分かった。もやもやする。二人の間に立ちふさがるようにして、彼らをギロリと睨みあげた。


「色々と話を聞かせてもらいましょうか、アンナ。カインもよ。とりあえず私のオフィスで不味いコーヒーでもいかがかしら?」















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