眼を覚ました時、彼は見知らぬ部屋に居た。
グレイの天上がまず視界に入ると、次に自分の身体が横たわる場所を把握しようと努める。
真っ白なシーツ、シルバーのブランケット。洗濯の匂いが清潔さを伺わせた。
ヴィオが身体を起こすと、窓辺にいた影が突如ゆっくりと動いて、こちらにやってきた。金糸の長い髪をゆるく後ろで結んだ美しい男だった。
彼はこちらを見つめると、気分はどう? と小さな声で聞いてきた。
頭に手をやる。頭痛が酷い。何より喉を破られてまだ声が出ない。それを察して男が首を横に振り、まだ喋っては駄目よ、と女めいた口調で話しかけて来た。

「貴方はハーフだからね、修復も純血より遅いわ。自分でも分かっているんでしょ? 」

そして片手に携えていた小型PCをヴィオの膝の上に置いた。こんな時にテレパスなら意識を飛ばせるのに、と無理な事を思ってそろそろとPCに手を伸ばす。
男が傍にあったスツールに腰掛け、ゆっくりとこちらを視界に収めて言った。

「……覚悟が良いなら、貴方の事に答える。アタシはルナの友人のモガリ。モガリ=サラフィア。今は地下の遺体安置所―カタコンベで管理人みたいな事してる。
貴方をあの場所から連れてきたのはアタシ」

ぼんやりとした意識が次第にあの時の記憶を呼び起こす。あれから何日経ったんだ?

『あれから、何日経った? 』

PCのボードをゆっくりと叩いてその男を見上げた。

「三日。アルヴィンがルナを連れ去ってから三日よ」

『…アンタ、アイツを知っているのか』

そう打ってからまた見上げると、モガリは少し苦しそうな表情を浮かべて言った。

「…そんな知っているって言う訳じゃない。ただアルヴィンはルナの元―飼い主。あの子を孤児院から見いだしてきたのはアイツ。まだ人間にして10代の頃だったわ」

『知っていないと言う割にはレアな事知ってるな。人間にして10代とは? 』

そうまたキーボードを叩き彼を見上げれば―彼は身長が高かったのだ―その瞳が苦しそうに歪められた後に白い肌に咲いた紅い花の様な唇が震える様に開いた。

「……悪魔よ。アイツは悪魔」

はあ?
声には出せなかったが、思わず出てしまったのだろう、こちらの顔を見たモガリが何よ、とむっつりした顔で手をばっと振ってヴィオを見返す。

「嘘だと思っているの? じゃあ貴方達は何でこの世界に居るのよ? この世界はまともな人間じゃなければ狂ってるか人間外かどちらかよ。彼は悪魔。
だから口には出せないけれど、少なくとも上級精霊の内の一人。彼がいつからこの世界にいるかなんて知らない。ただ、いつの間にか居た。
そんな彼らの格好の餌食だったのが当時まだ認定され始めた能力者。普通の人間よりはいい得物。
でもアイツはルナを『喰う』様な事はしなかった。育てたの、それは大切に大切に」

『…育ての親』

「そうよ。あれはルナの育ての親で、恋人みたいな存在なの。少なくとも…アルヴィン自身はそう思ってる…」

消える様に小さくなった彼の声に、ヴィオは思わず再びモガリを見上げた。
薄暗がりの室内の中に、ぼんやりと外の灯りがまるで霧の様に実体なくふわふわと侵入をして来ていた。
その灯りの中で、モガリがぼんやりと浮かび上がっている。
物憂げ、とは程遠い様な苦しさに満ちた表情でうなだれるその姿は、金糸の髪と相まってまるで地上に墜ちた天使の様だった。
カタカタ…文字をタイプし、モガリの裾を引く。

『…アイツは、自分の組織の中での事件を解決してほしいと彼女に言っていた。アイツの組織は一体なんなんだ』

その問いに対して、モガリはふう、と一つため息をつくと、くるりとこちらに向き直ってからその白衣を優雅に翻し、傍らのスツールに腰掛けた。

「…SevenSins(セブンシンズ)…通称世界の断罪者たち。ひと昔前だったらテロリスト、って言った方が分かりやすいのかしら。
この世の不条理を正す為に神技を成す、と言い、彼らは7人の幹部を元に活動している。幹部は七つの大罪をイメージしたパヒュームを持つ。
得も言われぬ楽園の香りの様だ、とも言われるけれど…まさか今回の魔女の事件の犯人がそれを媒介にしているとは思わなかった…」

『…知っていたのか。知っていて、それでもルナに言わなかったのか。一体アンタは何者なんだ…』

躊躇いの言葉尻を捉え、ヴィオは無言の圧力を持ってモガリを責めた。止めてよ、と哀しそうな声を上げたモガリはややあって苦しそうに言葉を発した。

「………元、幹部だったの。色欲のluxuria(ルクスリア)。今は超極秘事項なんだけれど。ルナと共にここにやってきたのよ。
ルナを逃がした罪でアタシは幹部を追われた。ルナは知らない。ううん、知らない方がいいの。一生知らなくて良いのよ…」

ふ、と静かに息を吐いて、辺りに沈黙が訪れる。闇が溶け出し、浮き彫りになった真実を再び己の中に溶け込ませる。それはまるで彼がそうさせたかのように。

『……上層部はどうなった。カインは』

モガリは躊躇いの表情を見せた後にそっと薄闇に言葉を乗せた。

「……伝えられた情報によると、オギは何者かに襲われて重体。カインはアンナ=ロッサに付き添われて署内に戻っている。
ルナは…セブンシンズに貸し出されている、という事で形になっている。その間のカインの相棒はアンナであると。事実上は監視者よ」

『アイツ…いっそ死ね! 最終的にアルヴィンとやらにルナを引き渡す羽目になったのはアイツのせいだというのに』

ぼふん! とブランケットに覆われた自分の腿に拳を打ちおろして、ヴィオが悔しそうな顔をする。その様子をモガリは少し呆れ気味に見下ろしているだけだった。

「カイン。やはりあの子は聖なる書物の通りに、裏切りの象徴でしかないのかしらね。……兎に角今は何も出来ないわ。貴方はその喉が治るまでは安静にしてなさいね。
大丈夫、アルヴィンはルナを傷つけたりはしないわ」

『…』

「動けないのは事実でしょ。医者の言う事は聞いておくもんよ。良いわね? 治ってから色々考えましょ。ね? 」

そして彼の唇にその人差し指を押しつけて、その墜ちた天使は秀麗な美貌を緩ませて微笑んだのだった。





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