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マーフォークは水に深く関係がある。
それ故、施設内には数多のアクアリウムや池がある。尤も一族がいる領域にそれは多い。
そして当主である自分のオフィスルームにもそれはある。大きく重厚な木目の机には大量の書類が積まれ、オフィスチェアーは持ち主の心を表すかのように放り出されている。

外一面を見渡せる大きな窓の横、壁を覆い尽くす様なその大きなアクアリウム。

夜の闇と反して青のライトに照らされたそれの中には熱帯魚が多数泳ぎ、己の少しばかりささくれ立った心を慰めてくれている。
そんなアクアリウムの前に立っていると、突如戸口の方にノックの代わりのチャイム音が響いた。
どうぞ、と応えると直ぐに扉が開き、自分と似た様な顔の青年が姿を見せたのをガラス越しに見て取った。
ゆっくりと振り向き、シャトラールはその青年―弟のロイに対して慈しみを込めた眼差しを向けて言った。

「…急に、どうしたんだいロイ。疲れているんだろう、お休み」

硬い表情の弟はその表情を崩しもせず、しばらくの沈黙の後にゆっくりと唇を開いた。

「…どうして兄さんは」

「…?」

「どうして…兄さんは……ルナを招いたの」

「……」

二の句が告げずにしばらく固まったままだったが、やがて平静を取り戻したシャトラールは静かに言葉を紡ぐ。

「ビジネス関係で懇意にしている人がそう言って来たんだ。身内を亡くした深窓のアリスを数日間かくまえる場所は無いか、と。
彼女の身内は亡くなった人しかおらず、親類はすべて金の亡者という話で、その人は何とかして彼女を護りたいと言った…それだけだよ」

「何でじゃあパーティに招いたの」

「……何故?…心を痛めたアリスにしばらく引っ込んでろとは言い難いだろう。折角だから、だよ。
何も知らなければただの少人数のパーティだからね。あの事に触れてはいない」

「だって今回のメンバーだって、一番素性が知れないのが彼女じゃないか。彼女が来てから変な事が起こり続ける。部外者を招いた事なんて後にも先にも無いんだ。
これはきっと呪いだよ…これからもきっと彼女は何かを引き起こす…あるいは彼女自身が…そもそも兄さんは何故彼女の素性を調べる前に招いた…」

「ロイ」

反論するでもなくシャトラールはただ弟を呼んだ。その声にハッ、とロイは表を上げて己の兄を見返して―青ざめた。
夜の帳の中、背後に蒼い光と水を従えたその瞳は酷く冷たく、そのベイビーブルーの瞳がより一層の冷たさと鋭さを与えていた。
ちゃぷん、とシャトラールの後ろのアクアリウムの水が跳ねる。

「……ごめん、なさい…言いすぎた」

ややあってロイは震える唇でやっとの事そう言うと、兄の表情は一瞬にして元の柔らかな物に様変わりする。

「彼女の事は私に任せてくれないかな、ロイ。お前自身は、悪い人だとは思ってないんだろう?」

「…」

「いいよ、答えなくて。私に任せてくれればいい。何も言わずに」

もういいかい? と弟の反応を見る様に表情を伺えば、ロイは先ほどよりも少し柔らかな顔でしかし躊躇いながらこちらを見つめ返してきた。

「…いつも、思ってた。兄さん、あれは本当にある物なの?だってそれさえ無いと言ってしまえばアイツらは毎年来ないで済むのに。
兄さんが世話役になる事も苦労する事も無いのに…」

そう言うと、シャトラールはそうだね、と微かに苦笑して言った。

「…あの人達は、己自身の祖父からそう言われ、それを信じて来た。そして我が祖父も口伝にてそれを言い残して、それは今になりこの一族の伝説の様になっている。
無い無いとは言っているが、もはや自分達の目で見る限りはそれを信じてくれないだろう。だから私は毎年の訪問を許したんだ」

「…そう」

消え入る様に呟いてからロイは兄さんは優しすぎるよ、とそっと呟いた。ニコリと微笑んで、シャトラールはそっとロイに近づきその手を肩に乗せた。

「朝も早かった。お前も疲れているだろうロイ。もう少しお休み」

「……うん」

ロイがそう反応したのを見て、シャトラールはそっと肩から手を外してそれを背中に回して扉の方に押しやった。

「私の方ももう少し雑務があるから、それを片付ける。それから休むよ…お休みロイ」

「…お休みなさい、兄さん」

静かに扉の向こうに消える我が弟を見送って、シャトラールは一つため息をついてから、デスクの上の書類を見つめた。

そこに書かれたのは「SEVEN SINS」―文字ばかりが羅列され、画像という画像が無い。

それを無慈悲な眼差しをもって見、そして足元まである窓へと近づき、その磨かれたガラスに手をつけて外を見た。
まるで星空の様に輝く街の明りは、上から見ると息を飲むほどに美しい。天に届かない人間達が、地上に作った星空。海面に映る星空。海の底から見上げる、天上の様だ。
ガラスに置いた手の横にコツン、と額をつけると、硬さと夜の夜気に冷えたそれが温度をしんと伝えてくる。ああ、まるでこれは深海の冷たさの様だ。
緩く、まとわりつく、それは冷たく、そしてどこか…物悲しい。やがて彼のその美しい唇が柔らかく開かれる。

「私は支配したかった、もしそれが天の御心であるなら、我々の悲しい運命を。=c俺の月姫、俺のシンシア……誰に何と言われようと、…俺は…」



最後に消えたその言葉の続きを彼は続けようとはしなかった。







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