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毛足の長い赤の絨毯は一たび足を沈めればふわりと包み込んでくすぐった。
しんとした空気の中、他の部屋とはちがう円筒形の部屋の造りは天井が高く造られている。
片手に携えた深草色の装丁の本を持ち上げて開き、歩みを止めぬまま本棚の傍らに鎮座するデスクとチェアに向かった。

「……グローカスが死に、人魚が呪いを撒き散らす。くっ、全く以て奇怪だ。そうだな」

デスクの上に置かれていたタブレットに手を伸ばして指を滑らせると、温和な表情の青年が姿を見せた。
血筋がそうさせた浅黒い肌。モノクルの奥に煌めく金の瞳はまっすぐで、白のワイシャツとブラックデニム姿は嫌味な程に違和感を無くしている。
画面の奥の青年は黒の髪の毛を揺らしながら静かに己の主を視界に入れると、ゆっくりとその口を開いた。

『災難でしたね、今回は』

「全くだ」

『犯人はお分かりになったのですか』

「すぐに分かれば歴史上、どんな事件だって苦労はしないだろう、クラフィティカント」

少しばかりの苦笑を交えて、エルフィナンは画面の向こうにそう返してからチェアに腰掛け、デスクに零れおちそうになっている本の背に立てかけてこちらを向かせた。

「…すべて人魚の呪いだろうか、クラフィティカント」

『計りかねます。しかし他のご意見でしたら、私は喜んで皇帝陛下にご意見申し上げ、いかなる些細な過ちからも陛下をお救い致しましょうぞ』

「くっ、我はお前の両手両足を切り取り、その首を切り落とす事はせぬ。安心しろ」

さも面白い、とその堅苦しい表情がくしゃりと崩れ、画面上の青年を優しく見つめ返した。それに応えるようにクラフィティカントは目を細めた。
片脇に抱え込んでいたくすんだブラウンの装丁の本を大事そうに抱え直してからまた画面のこちらを見つめてくる。
隅に映る我が家のアンティークのデスクには積み上げられた稀覯本がこちらと同じように今にも崩れ落ちそうになっている。
どうやら運動能力の高い我が家の間諜は主と同じ癖を持ち、またも歴史を遡っている最中のようだった。

「デスクに置いておいたインク壺とカットグラスは割るなよ、クラフ」

己のデスクに置いた、持参したカットグラス注いだワインを一口流し込むと、エルフィナンは笑ってそう言った。
嫌だなあ、と春の日だまりにも似た柔らかな声が電子に乗って返される。

『そんな首を落とされる真似、する訳ないじゃないですか。ちゃあんと退かして使用してますよ、貴方のデスク』

「ならいいが。…それでクラフ、本題に入りたいのだがいいかね」

『いつでも』

そう言われたエルフィナンは、一呼吸を置く為に沈黙を作った後、ゆっくりと視線を上げて口を開いた。

「……今回のパーティ、当主は5人しか招いておらぬと言った」

そう言った瞬間に画面の向こうで息を呑む音がした。間諜としても名高い彼にはこのパーティの事は知っている。
やがて画面の向こうのクラフィティカントは思考を落ち着かせたのか、深い沈黙の後にゆっくりと唇を震わせた。

『…今までの経験から言わせてもらいますに、それはシャトラール様は思い切った事をなさいましたね、と申し上げておきましょう』

「本音は?」

『…人員がいなかった、間に合わなかった、後は…何かを隠しておきたかった』

真っ直ぐな瞳がエルフィナンを捉え、見つめた。
彼はその優しい顔を利用して間諜をしているが、時に見せる殺伐としたこの空気が、彼の本来の空気を醸し出しているとエルフィナンは思っていた。
それが何より愛おしくもあり、頼もしくもある。

「……やはり、自分と同じ事を思うかクラフティカント」

『貴方でしたらそう思うだろうと思いますよ、我が皇帝。
しかし、もし最後の事が真実であるとしたらシャトラール様が余程切羽詰まっている、という事でしょうか。聡明な彼の事、余程の事があったのでしょうか』

「……さてな。あやつがああまでして言うのだ、様は我らに関わるな、という事なのだろう」

成程、と頷いたクラフティカントは一通りの言葉を聴いた後、それを整理する様な瞬間の沈黙を置いてから話を切った。

『時に、貴方が欲している物は見つかりましたか?』

エルフィナンはそのままじっとクラフティカントを見つめると、大げさにため息を吐いて肩を落とした。

「……それが分かればここまで苦労などしていない」

『本当にないのではないですか? 
グローカス様にせよ、リシアス様にせよ、そして貴方にせよ、普通の方より特殊ではあるのですから、さほど困りはしませんでしょう? まして貴方は妖精王だ』

その問いかけにエルフィナンはチェアの背もたれに身体を預けると、力無く頭を振って答えて言った。

「それは高く見過ぎという物だよクラフティカント。我々はそれほど偉くはない。
我はやはり妖精であるからそうだろうけどクラフティカント、お前も知っているだろう、我は未完成で、若い者には負けてしまう者。
そしてグローカスは海の底で救済者を求め、待ち続けていた。リシアスは蛇に魅入られ、妖魔の眼を持つ蛇に人生を奪われた。
我々三人は未完成だ…故に何が何でも欲するのだ…それを補える物を」

『皇帝…』

「しかし、我は思う。シャトラール自身も、あれはあれで悲劇を背負っている。
今回の事は大分堪えたと思うがな…グローカスはある意味シャトラールとパラレルだから」

『パラレル…?』

不思議そうに画面の向こうから見つめてくるクラフティカントにエルフィナンは少し悲しそうな眼差しで見つめ返してくる。
いつもその瞳が何か救いを求めてくるのに、自分は何も出来ないのがとても悔しかった。

『皇帝、結局グローカス様の死因は何だったのですか』

「…直接的な死因はへーパーナイフによる刺殺だ。しかし、体力のある一般男性をそのまま刺殺できる訳がないな。毒を盛っておったよ。
何の毒までかは分からない、こちらではそれ以上調べようがないからな」

両手をひらりと天に向けながら苦笑まじりに言い放つ。
画面の向こうでパタリ、と本を閉じたクラフィティカントが本をデスクに置いて手を胸に当て静かに頭を垂れた。

『僕が何も出来ないのがただひたすらに口惜しいのですが…今はこちらで貴方のお帰りをお待ちしております』

「せいぜい殺されないようにするさ」

『調べて欲しい事があればなんなりと』

「……流石に言いたい事は分かるか、そう。早速調べて欲しいのがあるのだよ」


そう言うとエルフィナンは懐を探ると、そこから取り出したものをぴ、と画面に突き付けて言った。


「これを調べて欲しい。出来るだけ早急に、そして誰にも悟られずに」







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