空が見えない。
此処に来てからいつも空が曇り空だった。自分が見ている時はたまたま曇り空なのかもしれない。
ぼんやりとそう思って、ルナは一人男の後をついて歩く。
スモーキーアッシュの強い癖っ毛。あの背中を追いかけていた自分を思い出す。多分署の方に戻れるのは五分五分なんだろうな。
彼はきっと離さないだろうから。

(自分を離さないだろうから)

クルリと向いた彼が、こちらを蒼い深海の瞳で捉える。ニッコリと笑った彼は、そっと手を差し伸べて来た。無言で手を差し出すと、
アルヴィンはゆっくりと手を取ってこちらを引く。

「君に見て欲しいのはね、あるアクシデントなんだ」

「アクシデント…ですか」

そ、と軽く返した彼は、暗い廊下の後に現れた部屋の自動扉をくぐった。
続いて自分もその通りにくぐると、中には真ん中に一つのデスクチェアが置かれ、それを囲むようにして無機質なPCや3D画面が並んでいた。
そんな無機質な空間の中にある真ん中のチェアに迷いなく腰を降ろしたアルヴィンが滑らかに指を滑らすと、パパッとある画像が浮かび上がる。
その画像には、一行の文字が目立っている。

「…これは」

「そ、俺達の組織の人間。彼女は地下通路で血を吐いて死んでいた。原因は不明、未だに分かって無い。
そしてそれから二週間前、彼女の遺体が地下墓地から消えた」

「消えた…? 遺体が?」

そうだよ、とさらりとそれを流したアルヴィンは、更に説明を続けていく。

「まあそれはどうでも良いんだけれど、彼女に預けておいたあるモノが無くなっているんだ。
それはこちらの正体を知られる結構重要なものでさ」

どこがアクシデントなのだ、と思った事は絶対に口にしないでおく。更に画面を見回し、思った事を口にする。

「…この人は……幹部ですか。取られたのはさしずめあの香水…といったところ? 」

その言葉にアルヴィンはその蒼い目を大きく見開き黙ってこちらを見つめ返してきた。
ややあってその薄い唇から零れたのは感嘆のため息だった。

「…驚いた。まあこの際だから正直に言うけれど、まあそうなんだ。誰か、まではシークレット。
でね、その香水の事を俺達は大事にする。それは俺達の神から与えられた役目であり、神命であり、命をかけるべきものだ。
だから余計に無くなると困る」

そう言ってアルヴィンは太股の上で手を組んで微笑んだ。

「俺達はある対抗組織が関わっていると睨んでいる。俺達の邪魔をし、俺達の神命を邪魔する者たち。証拠はないよ?
でも俺はそう思ってる。俺の感は結構当たるしね、間違いない。で、だ」

こちらに隣にあるチェアを勧めて、彼は再び手を組んでこちらを見つめた。

「君にはその確信を掴んで欲しい。願わくばその香水を持ってきて欲しいんだけれど、それは俺達が行うべき事だからね、こちらでやる。
様は誰が殺ったのか、それだけでいい」

そしてぐい、とルナの手を取ると、その蒼い瞳を真剣に向けて言った。

「出来るね、ルーナ」

ぐ、と、一瞬出かけた言葉を呑みこんだ。出来ない、とは言わせない。
でもこれを解決すればこの人が自分を離してくれるとも限らない。それでも今ここで出せる答えは一つだけだった。

「…ええ、アルヴィン」

そして彼が好む控えめな笑みを口元に刻んで見せた。案の定、彼は少し笑ってからこちらを引きよせ、そして抱きしめた。

「君の事信じているよ、ルーナ。きっと見つけてね、探してね」

「分かってるわ、アルヴィン」

「愛してるよルーナ。俺の可愛いお姫様…」

分かっているわ…まるで呪いの様に呟いたその言葉は、自分自身を絡め取る鎖に成り果てている。
その事を自分は嫌と言うほど分かり切っていた。





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