「ストレート。」
美しいネオンサイトが窓の外で輝いている。それは不思議と夜に集う老若男女にマッチする。
それはこのカジノ―――ホテル・レムスの中にあるカジノ・クルーズにもいえると、彼は長年ここに居て感じていた。
土城泉青は穏やかな笑みをたたえて自分の役を提示すると、目の前の2人の若い淑女たちは黄色い歓声を上げた。
「お一方はスリーカード、もうお一方はツーペア。デイーラーの勝ちなのでチップは倍になりますね。」
「え――オジサン強いー」
「また負けちゃったぁ―」
テーブルに散らばったカードを集めながら、泉青は意地悪っぽく笑みを浮かべる。
集めたカードを手早く整え、長い指が風を切るようにシャッフルしていく。
その様子をくいいるように見つめていたセミロングの淑女は、ほぅっと優雅な吐息を漏らした。
「ホント、オジサン強すぎですよぉ。一体何者なんです?」
彼の片頬がぴくりと引きつったように上がる。
「オジサン、とは失礼な。これでもまだぴちぴちの39才ですよレディ」
「あら失礼。でもおじサマ、ぴちぴちと自分で言う時点でおじさんですのよ。」
顎を軽く手の甲に乗せる。彼女のローズピンクのルージュが小さく光った。
彼は苦笑いを漏らし、シャッフルしたカードをテーブルの上に置いた。
その時、3人を割って入るように、近くを歩いていたダークブルーの瞳が印象的なブロンドヘアの青年が近づいて、からかうように泉青を肘でつついた。
「この人はね―、こ―見えて結構有名なディ―ラ―なんだよ。若き天才、甘いマスクで女性はおろか男性まで魅了したと言われ、その腕も合わさってとあるカジノで1日250人を相手したという日系ディ―ラ―土城泉青!
しかし19才でカジノに来た日系人と出来ちゃった婚!」
「口がつるつるとよく滑りますねぇマジェット」
泉青は軽く笑いながら自分の腕を彼に巻きつけ、締め上げる真似をする。
驚愕にさらに瞳を大きくする2人の女性陣は驚嘆と吐息を混じらせ、歓声を上げた。
「ぜんぜんそうは見えませんね」セミロングの淑女は目を丸くした。
「でも何故貴方のような方がこのホテル・カジノに?もっと大規模な所でも十分にやっていけますでしょうに」
隣のショートヘアの淑女がもっともらしい問いかけを彼に投げかけた。
泉青は締めかけていた腕をほどくと、その美貌に哀愁を含んだ微笑を浮かべた。
「僕の永遠の恋人との思い出の地でね。どうしても離れられなくて。それに長年居れば、多少の融通がきくからね」
「融通?」
すると先程まで泉青に締め上げられていた青年―マジェットが、深い海を思わせる瞳を潤ませて口を開く。
「そうか・・・息子帰ってくるの今日だったっけ。オ―ナ―それで今日なんか機嫌良かったんだ」
「まあね」
嬉しそうに泉青の声が弾む。
「まあ、息子さんもディーラ―なの?」
淑女たちはその間にやんわりと割って入ると、またもや驚愕を顔に刻んだ。
「ええまあ。本人の希望もあって色々と学ばせて。5年前からフエースで修業させてたんです」
「そうでしたの・・・でも息子さんも来るとなれば、このクルーズもまた1つ大きな売りが出来ますわね。」
「そうね。このホテルにもお客が増えるでしょうし。」
「あまり僕の息子に負担をかけないで下さいよレディ―。僕も居るんですから」
困り顔でしかし嬉しそうにはにかんで、泉青は2人を見やった。
「僕の妻の大切な忘れ形見ですし。あまり酷使すれば怒られてしまう」
「そう・・・じゃあまだまだ若いおじサマを酷使しなければね」
「そうですよ。俺いじめる暇あったらがんがん稼いで貰わなきゃ」
「うわ。皆していたいけな中年をいじめる――」
どっと笑いが溢れ、ゆっくりと和やかな空気が流れ始めた。
――――青葉夜月。このカジノに居るものなら誰もが知りうる土城の妻は、僅か20才という若さでこの世を去っていた。産後の容態が思わしくなかったからである。
彼を責め立てる者は少なからず居て、その中でも彼はまだ小さな忘れ形見を懸命に育て上げ、その周囲を納得させた。
マジェットは彼のその強さに今も尊敬していた。
ここまで出来る人はそういない。
「キョウセイ!」
突如、前方から跳ねるような声がその場の者の耳を穿った。
見れば人影の向こうから、押され潰されて小柄なマネージャーがこちらにやって来る。
彼はようやく人の群れから解放されるとふうと手をひざに置きふうとため息をつく。泉青が彼に移動が本当に大変だね、と笑いながらからかうと、彼は短く切ったブラウンヘアを揺らし、彼よりも2つほど背のある泉青を見上げた。
「で何のようだ?アル」
「何じゃないよ!ヒヅキ今来たよ!今オ―ナ―のとこに挨拶に行ってる」
「そう!じゃあじきにここに来るかな」
「うん。ここに居るって言っといたから。探せば分かる場所だしね」
「サンキューアルヴァレス。また色々とよろしくね」
「OK」
年齢よりも幼めに見えるその顔に笑みを浮かべ、小柄な彼は再び人々に押され潰されて去っていった。
その様子を面白そうに見つめながら、泉青は再び2人の淑女に向き直った。
「じきにここに来ますから。良かったらお相手してやってください」
「ええ勿論」
「パパのお願いですもの」
淑女たちは花のように笑った。泉青は同様に笑みを返し、今だそこに残るマジェットを顧みる。
「さてとマジェット。君もいい加減こんな所で油売ってないで戻りなさい。サブがテーブルで困ってるよ、バカラの人気ディ―ラーさん」
からかうような視線が人差し指と共に向けたその先には、バカラのテーブルで大勢のプレーヤーに囲まれ、あたふたとしている青年の姿が見えた。
「チッ、エルシオのヤツ、もっとうまくやれよな・・」
悪戯がばれてしまった子供のように舌打ちして、深い海をたたえた青年はしぶしぶとその場を去っていった。
そんな彼を苦笑しながら見送り、泉青は2人の淑女に首をすくめておどけてみせる。
「あのマジェットはね、いつも僕にちょっかい出してこなきゃ気が済まないらしくてね。サブ――アシスタントの子が身代わりさせられるんですよ」
「おじサマは同僚の方にも人気があるのね。良いことだわ」
2人は顔を見合わせて微笑んだ。
カッ・・・・・。
彼女らが中断してしまったゲームを再び再開しようとしたその時、見計らったかのように1つの靴音が静かに鳴って止まった。
「ああ、来たね」
泉青の美しいと呼べる顔がこれ以上に無いくらい破顔する。
2人の淑女の視線が壊れたようにぎこちなく上から下にゆっくりと動いていく。
長身の背に、均整の取れた身体。シャギーを入れた髪はバックが他より長めに伸ばされている。
端正な顔立ちと、朝方に森にかかる霧のような灰色の瞳は、手前にいる父親とよく似ていおり、動作で時折降りかかる髪の奥から言いようのない魅惑を醸し出した。
若いながらも独特の色香を漂わせるその若者は、揃えた手を身体の前に止め、丁寧に腰を折って言葉を紡ぎだした。
「初めまして。
今日からこのカジノで働かせていただきます、土城泉青の息子の氷月です。以後お見知りおきを」
ゆっくりと上げた顔に、甘さを含んだ微笑を浮かべる。
それに完全に壊されてしまった2人の淑女たちの顔は、紅潮したまま固まってしまっていた。
それに気づかず形式通りの挨拶を終えた氷月はくるっと父に向き直った。
「いつ来たの?」
「着いたのは夕方なんだけど、荷物とか整理してたら遅くなった。殆ど無いからすぐ終ると思ったんだけど読みが甘かったな」
「え、部屋どこ?」
「来んの?・・・・別にいいけど。ネルクラインの安マンション」
「いいとこじゃん。でも無理しないで家来りゃ良かったのに」
ぶつぶつと髪の毛をいじりながら泉青がふて腐れたように文句を言う。氷月は冗談交じりに顔をしかめて笑った。
「やだよ男の2人暮らしなんてむさ苦しい。俺まだ青春真っ盛りの21才だぜ?」
「そんな言ってるヤツが真っ先におじさんになるの。まあいいや。今日は何か仕事言われた?」
「否、挨拶に回れって。明日から本格的に入ってくるってさ」
「そう。じゃあ俺の常連さんに挨拶に回ろう。今は9:30だから・・10:00頃かな」
「オッケ。じゃあそれまで雑用でもやってるかな」
「たっぷりこき使われなさい若造サン」
「へいへい」
未だに赤ら顔の淑女たちに会釈し、ひらひらと手を振って彼は去っていった。
やがて小さく息を呑む音が聞こえ、彼女たちは少女に帰ってしまったような甲高い声を次々に上げる。
「何ですかおじさんあの子―――――!!!!」
「絵に描いたようじゃない!!!!!」
「ははははは。またおじさんになってますよレディ?」
皮肉な言い回しをしつつも彼の顔はこれ以上に無いくらいほころんでいる。
配りかけていたカードを全て配り終え、軽く腕を組む。
「ねぇ氷月くん今いくつ?」
自分の手札にも目もくれず、頬を軽く紅潮させて泉青を質問攻めにする。
「21才ですよレディ。」
「彼女は?いるの?」
ショートヘアの淑女も負けじとまくし立てる。
そんな彼女たちに、泉青は残念でした、というふうに苦笑していった。
「今は居ないけど、ずうっと想っている人はいるみたいですね。そのためにディ―ラ―を目指したようなものだから。俺に似てね、女の子には一途だから」
「なぁんだ、そうなの。じゃあ負けちゃうわね」
唇を尖らせた顔はもう赤みを消し去っていた。すねたようにその唇に、すらっとした人差し指を当ててぼやく。
そんな彼女らにくすっと笑いをこぼし、若き天才ディ―ラ―の父は美しい顔に息子同様の甘い微笑を刻んだ。
「じゃあお2人の当分のお相手は僕ですね。嬉しい限りです」
淑女たちは夜の花に相応しく美しく笑いあった。
外のネオンサイトが鮮やかに色彩を放ち、これから来る深夜(ミッドナイト)を告げていた。








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