どんな時でも冷静にいなくてはならない。それが賭事師なのである。
冷静に美しくあれ。

―お前はいつもどおりにやればいいんだよ・・

父の声がこだまする。

<まだ・・・私を縛り付けるのね・・・あの男>

どこまで未練がましいんだろう。
幻聴かもしれないのに、思わず毒づく自分が居た。

「分かっているわ・・・」




「アヤ」

振り向いてみれば昨日とまったく変わらぬ笑みを浮かべるハーベットが居た。
にっこりと笑い、まずはしおやかに一礼をする。

「今日は俺と付き合ってくれませんか?」

「・・・・賭事師に挑もうというの?あさはかね」

ふっと嘲笑うが、彼はもちろんと言った感じで笑みを絶やさない。
先導のためだろう、優雅に差し出された手の平に我知らず、その手をのせていた。勝負を挑まれたら断れないように彼女は出来ていた。
すると突然ぐっと引かれ、隣へと距離を縮められる結果となる。

「今日は勝負もさせて頂くけれど、お返しに貴女に楽しみを教えてあげる。勝負なんて結果に過ぎないと言う事を教えてあげるよ・・・」

いざなわれてまず向かうのは、どうやらルーレットのようだった。







ガラガラガラ・・・

確かここで初めて逢ったのだっけ・・・とひとしきり回想してアヤはハーベットの方を見上げた。
彼はにっこりと笑い、チップをこちらに差し出す。

「じゃあ出る数字を賭けましょう。先にチップが無くなったら負け。」

「勝負は見えているわね・・・」

「おや、言いましたね。俺これでも運も良いんですよ。ぼろ負けはしないつもり。まあ負けたら手品でもやって見せましょうか?」

「出来るの?」

「貴女が望むなら」

相変わらず大胆な事を言ってくれるものだ。そう思いながらもアヤは決して嫌な気持ちはしなかった。

「じゃ、英史(エイシ)、お願い。」

ハーベットはディーラーに向かって言うと、ディーラーは即座にルーレットを回し、中に玉を放り込んだ。
アヤは黙ってそのまま3枚を赤の4のところに置く。ハーベットはじゃあ、とチップを同じ3枚、赤の7のところにトン、と音を立てておいた。

「どうなるかな〜?」





ガラガラガラ・・・





止まった所は、赤の7だった。

「・・・・やるじゃない」

「でっしょ。伊達に財家やってないですよ?」

「関係あるの?」

「さあ?あるんじゃない?」

おどけたような仕草がまた滑稽に見えてアヤはふっと笑みを零していた。





その後もまるでアリスのウサギみたいに引っ張りまわされて、体力が残っていないほどだった。バカラにクラップス、スロット・・・

「もうダメって感じだね、レディ・アリス?」

相変わらず絶やさない笑みにアヤは力なく頷く。

「でも楽しめたでしょ?貴女は笑ってたもの」

しばし黙考した後に、アヤは呟くようにそうね、と言った。
それからふっと滲むような笑みを作る。
不意に彼女は視線を感じて再びつと顔を上げた。



そこには驚愕をその灰色の瞳にたゆたわせ、大きく見開いている氷月の姿があった。

「っ・・・・!」


咄嗟に、そのまま視線を外してしまった。
見上げる事が、出来ない。何故?むしろその瞬間に覚えたのは一種の『罪悪感』だ。
アヤは動揺したまま、逃げるようにその場を後にした。















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