人が居なくなったカジノは、ひどく寂しく広く見えた。
氷月はカウンターで1人、グラスの中身を煽った。

―――本当のことなら、全て奪ってしまいたかった。

その瞳を。その心を。身体を。魂を。
全てがいとおしくて仕方なかった。
氷月は傍の琥珀の液体を煽った。

「くっそ・・・・」

こんな自分が情けなくて泣けてくる。
今の彼女にとって、心を占め、支えとなっているのは賭け事だ。
分かったのだ。この数えるほどの一時を彼女と過ごし、その瞳を垣間見、少しでもその心を知ろうとして・・・
知りえた結果に、絶望を抱いた。その闇にただ心が痛かった。

「あれじゃ・・・ホントにマリオネットだ・・・」

両腕で頭を抱え込む。
初めて見たときから見いえたそのビロードのような深い闇色の瞳。
あれは彼女の閉ざした心だった。言いようの無い哀しみだった。
そのあまりにも哀しい瞳に、氷月は狂いだしたくなるような痛みを覚えた。
彼女が狂わないのを逆に不思議に思った。
否。彼女は狂わないために、自らの心を閉ざしたのだ・・・・。

《俺は・・・彼女の心を開けているのか・・》

楽しませてあげられているのだろうか。
あの日誓ったことのように。
そうでなくとも今日はハーベットにその笑顔を取られてしまった。
あんな風に笑うんだ・・・自分と対面する時とはまた違う滲むような笑み。
多分、ハーベットはあそこに自分がくることを分かっていて止まっていた。その証拠があの笑みだ。視線を外してしまった彼女の後、彼はうっすら笑っていた。
悔しくて仕方がない。
所詮自分はディーラーなんだろうか。

《でも・・・》

たとえ今、その心が開けていなくとも。

「守りたい・・・・・・」

守りたい。その心を開ききって、闇を抱きしめて。
今はこの想いを告げることしか許されぬこの身であっても。

「有夜・・・・」

一方通行の恋であっても。

「有夜・・・」

そのためにここにいる。そのたがために。

「・・・好きなんだ・・・ずっとずっと・・・あの日から・・・」

あの日から、君は俺の、世界を変えた。

だから、今度は。
俺が君の、世界を変えて見せる。







強さを持った、美しき人形(ドール)。
そういう噂を聞いたのは、いつだったか。



人からも羨まれる品位。知能。美貌。
全てを持っているからこそ、強くあらねばなるまいと思っていた。
そして強さを求める故か、自分よりも強い存在を欲した。
強く、美しい、そんな存在。
そんな時、まるで幻影のような彼女の噂を聞いた。
風を頼りにしたような噂だったのに何故かとてつもなく引かれるものがあった。そしてそろそろと触手を伸ばすように彼女の経路を辿った。


有夜=緋室。通称人形賭事師=B
幼い頃に両親を亡くし、いいとこの爺さんに拾われた。
それを乗り越えて、再び賭事師としてカジノに戻った。
その強運、知能は変わらず、立ち寄ったカジノでその度に噂が持ちきりになり、パンクしそうなほどに人が溢れかえると言うカジノもあったとか。
カジノを傾かせるほどの実力を備えていても、決してブラックリストに載るようなことはない。彼女はまさに悲劇と幽愁に充ちたヒロインだった。
彼女を知れば知るたび、強さだけではない、秘めた儚さ、悲哀さ、全てが目を引いた。見たことも無い彼女に、強く強く引かれるものが、彼女の存在であった。
逢ってみたくなった。
そして父にカジノに行きたいと申し出、五大名家の知名を使いそれらしいところを回った。


そして出逢った。黒い瞳の人形に。夜の妖精に。
――――想像以上だった。
闇。ただの闇ではない。そこに有る物を飲み込む恐ろしさの中の、凛とした空気を放つ闇。
白い肌は、その闇に浮かぶ銀色の月のようだと感じた。
――――魅せられた。魅せられずにはいられなかった。
夕暮れの家系の血が静かに沸き立った。
夜を見ることの出来ない夕暮れが思いを馳せたそれに出逢った、瞬間だった。


俺は夕暮れ。君は闇。
背中合わせに生きることしか許されなかった運命が、こうして変わった。
















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