「・・・・ハーベット!」

自分を激しく呼ぶ声に、ハーベットははっとして顔をあげた。
眼下に目を落とす。手に持ったティーカップの中身、セイロンのヌワラエリヤ。既にぬるく、水面にさざなみを立てている。
「エリオット・・・」

「よぉ。何があった」

それまで自分を呼んでいたのは古美術の家柄、ブレイク家の三男、エリオット=ブレイク。自分の家の主宰のパーティで知り合って以来、長い付き合いが続いている。年の近いことや、何よりエリオットが位の違いなく接してきてくれる人間であったことがその付き合いを長くしている。
ハーベットはすまないといつもの笑みで笑いかけて、庭のもう一つの椅子を彼に勧めた。
エリオットは座ってなおかつ勧められた紅茶をありがたく受け取って一口すすると足を組み、再びハーベットに問いかけた。
「で、何があった?」

「何かあって欲しいのかよ。つぅか確定なのか」

「そームリムリに反応してくるところがあったって言ってるよーなもんじゃないか。さあ話せ。楽になるぞ〜」

そう語りかける彼の表情は実に楽しそうだ。ハーベットは叶わないといった感じで苦笑し、持っていたカップをテーブルにおいた。
「最近カジノ行き始めた」

「へぇ、そりゃなんとも。何か理由あってのことかい?」
「何故そう思う」

「お前のすることには大抵の面白い理由がつく。そうだろう?お前は気づいていないだろうが、俺は毎回それで楽しませてもらってる」

「・・・・・・この変態が・・」

「お前にはまける」

「くっ・・・・」

たじろいだハーベットにさらにエリオットはくっくっくっと声をあげた。
「で、結局何なんだ、行きはじめた理由とは?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・女だよ」

長い沈黙の後に彼が顔を上げると、エリオットは目を真ん丸くしたまま固まっている。

そして。


「・・・おっどろいた」


漏れるように言葉が吐き出された。
「バカにすんな」

「言ってみたかった」

「・・・・すっきりしてんな。・・・・賭事師で、日系のアヤ=ヒムロを存じているか?」

「あの悲炎の一族か?」

「ああ、そうだ」

「ほおう、アヤ=ヒムロ。成程?あの美貌あの頭脳神秘を漂わせたようなオーラ!ハーベットが目をつけるのも分かる気がするな」

「会ったことあるのか」

「俺のトコがアヤ=ヒムロの養子の補助したんだ。マサキ=ヒムロは散々な死に方をしたし、アサヒ=ヒムロは娘の養子を知った途端狂い出して、七日後に車に飛び込んだ。見ていられないほどだったな。あの時はもう抜け殻さ、あれは。今彼女が居るのは養子先のステミエール様のお陰だ」

そう言ってエリオットは又一つ紅茶を口にする。

「そ・・・」

「アヤ=ヒムロね・・そうか・・」

面白そうに虚空を仰ぐ瞳は何だか自分にとっては面白くない。クッ・・・と堪えるように零しながらハーベットは力なく睨みをきかせた。
「でも彼女、負けたら危険だな」

「何がだよ」

からかいすぎたのか、ふてくされたようにハーベットが言葉を返す。
エリオットはこともなげに彼を見つめて、珍しくマジメな口調になって言った。

「恋のゲーム。彼女が勝ったら別にいいけど、相手が勝ったら彼女は賭事師としては生きていけない。ゲームって言うのはそういうものだ。
勝たなきゃ、自分が壊れていく。特にあの人形のお姫サマは、そう教え込まれたんだ。彼女には所詮、賭事しか生きる糧がないのさ」

オレンジの瞳は急激に色味を濃くして黙り込んだ。
それを見やって、エリオットは彼に見えぬようにほくそ笑み、豊かな香りの液体を再び喉に流し込んだのだった。











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