「Kのフルハウス」

彼にとって夜はとても魅了される世界だった。昼には無い艶やかさと冷たさが良く身体に馴染むからだ。集中力も増す。
それもやはり血統なのかとひとりごちて、氷月は微笑みをテーブルの淑女たちに向けた。
「貴女はクローバーのフラッシュ、隣の貴女は9と5のツーペア、そちらの貴女はQのスリーカード。ディーラーの勝ちです」
「やーん氷月君強いー!」
「でも格好いーから許すー!」
「ホントー!もっとチップ持って居ればよかったぁ・・」
次々と彼女たちから黄色い歓声が上がる。
しかしもう賭けるチップも尽きたのか、もう帰るわと名残惜しそうに人込みに消えていった。
それを変わらぬ笑みで見送って、氷月は軽いため息をついた。
先ほどから自分目当てらしからぬ女性客は、1ゲーム2ゲームですぐに立ち去っていく。
それは別にいいのだが、やたら淑女らしからぬ黄色い声に、氷月は内心うんざりしていた。 〈慣れたとは思ったけどな・・・〉
片手で髪をかき上げ、後頭部で止めると、再度今度は深いため息が漏れた。
「氷月」
不意に自分を呼ぶ声に、ちらと視線を送る。
「休憩入っていいって。次は俺代わるから・・・って浮かない顔してんな」
「べっつに」
悪戯っぽい視線をこちらに向け、彼の父泉青はストンとテーブル脇のイスに腰を降ろす。
イスの前足だけを浮かし、こちらを見上げて呟く。
「まぁ、仕事ん時だけは笑いなよ」
「わあってるよ」
ぶすっとして答えを返す。
そんな息子に、彼はくすっと笑って息子の顔に目線を向けた。
「ホントの笑顔は君の大好きな人に上げればいいんだ」
浮かせたイスの反動で立ち上がり、氷月の前に立って髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回す。
「OK?」
手を止めて、にっと笑ってその顔を覗き込んだ。
「・・・・・・・・わぁってるよ」
それだけを答えて、不器用な態度で彼はその場を後にした。



ザワッ・・・・!!
スタッフルームに戻る途中、突如として人のざわめきが大きくなった。
訝しげに眉を上げ、氷月はざわめきを一瞥した。
しかし凸凹した人の群れが重なり、何があったのか全く分からない。
〈VIPでも来たか?・・ヤダヤダ、ハイローラーなんかだったら胃が痛くなるのばっかだし。そんだったらちまちまやってた方がマシ・・・〉
呟いて、それが途切れる。彼の視線はとある1点に吸い寄せられていた。
――――人込みから姿を現したのは、2人だった。
1人はたっぷりとした髭を蓄えた、白髪の老人。細面の顔はとって付けられたように髭に付け加えられている。もう1人は・・・・

〈見つけた・・・・・〉

氷月の瞳は、一層大きく見開かれた。
ほっそりとした小柄な身体。下ろせば丁度肩くらいまでになろう黒髪は、きっちりと結い上げられている。
小さな顔に不釣合いなほど大きな瞳は、どこまでも落ちていきそうな漆黒を湛えていた。
次に視線を細い首に向ける。太目の黒の革のチョーカーがきっちりとはめられ、てらてらとした光を放っている。
シルバーのクロスがチョーカーの装飾として小さくも強い光を持っていた。
髪に合わせるように着飾られた薄黒いワンピースドレスは胸元や袖があしらわれ、やっと少女らしさを引き出していて、付け合せたリボン付きのパンプスもまた同じように黒調になっている。
喪服のようですらあった。

成長した姿は知らない。

しかし、あの瞳に間違いはない。
〈・・・・あの子・・・戻ってきたんだ・・〉
〈誰ぇ?・・・カワイー・・〉
〈知らないの?5才でカジノデビューした緋室の令嬢の緋室有夜!人形賭事師(マリオネットギャンブラー)≠セよ!〉
〈ああ・・・父親惨殺された・・〉
〈最近ステミエール家に拾われたってホントだったんだ・・・横の・・ラジェック=ステミエールじゃん〉
〈愛人てゆー噂もあるらしいよ・・・ほらあの革のチョーカーなんか繋いでるって感じしない?〉
〈やめな・・聞こえるよ・・・〉
そんなざわめきを片耳で聞きながら、氷月の口元が婀娜めいて微かに上がる。

「相変わらず、人形ごっこに興じているのか・・ならば俺が君のその強さも、その人形劇も壊して、君を解き放ってあげる・・
・・・さあ」
持っていたチップをチャリーンと震わせて弾く。

「賽は投げられた」

チップは回転し、表を向いて近くのテーブルに落ちた。








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