《イヴンヘイズの若様がいらっしゃるの?・・》
《まあ!・・・どこ?どこに?》
夕暮れの瞳はその名の通り、人々を魅了して止まなかった。
老若男女全てがその名に、紅みを差したオレンジの瞳に、目を、そして心を奪われていく。若き淑女は聞いた途端駆け出し、他も彼を求めて視線を彷徨わす。
《あれが・・・・夕暮れの共鳴者=qイヴニング=シンパシーザー〉・・・》
《なんと美しい・・・》
《イヴンヘイズの若様・・・・》
彼はチップをある程度ボードの数字に乗せると、カードを引っ張るように一枚とって頬杖を付いた。
「ねぇ」
カードを取ったデイーラーにふぃと声をかける。
ディーラーはくるりと振り返り、極まりの良さそうな笑顔を向けた。
「ここは・・・誰か他にVIPは来る?」
「ええ。ごくたまにあの人形賭事師がいらっしゃいます。今日は確か・・いらっしゃるんじゃないでしょうか」
ディーラーは顎に軽く手を添えて考える仕草をした後、彼にそう答えて言った。
「人形賭事師〈マリオネット=ギャンブラー〉=E・・・アヤ=ヒムロ・・・」
彼はそのオレンジの瞳を揺るがした後、呟くように口の中でその名を溜めた。
―悲炎の一族緋室家のただ1人の娘、有夜=緋室。父親真崎=緋室の教育によりその才能を開花し、わずか5才でカジノデビュー。だが父真崎は悪名高いギャングラーであったことから、彼女が12才の時に何者かにより惨殺された。
その後はその父が重ねていた莫大な借金の身代わりとしてラジェック=ステミエールの養女の事実が発覚し、その事に耐えかねた母親はその後車に飛び込んで自殺した。
それ以降はステミエール家の養女として各国のカジノを回っていると聞いた。
そんな彼女に付いた通称が、マリオネットギャンブラー。
「ああ丁度今いらっしゃいましたね。あの黒髪の」
彼が目でその方向を指すにつられて顔を向けると、確かに1人の女性がそこに姿を現した。
彼のオレンジ色の瞳が鮮やかさを増してそれに留まる。

 胸元までの黒い長髪。闇を纏う瞳。
白い肌がその黒と相反し、繊細で人を寄せ付けぬ空気を放っていた。
「ミスター?」
ディーラーの声が遠くでこだまする。
しばらく言葉を失った後、彼はゆっくりと言葉を紡いだ。
「・・・あれが・・・人形賭事師・・マリオネットギャンブラー?」
「はい。アヤ=ヒムロ様。滅多にいらっしゃられないんですが・・今日は幸運でらっしゃいますミスター」
「父親が惨殺されて・・・確かラジェック=ステミエールに拾われたって聞いたね」
「はい。故に今日の資金源はラジェック様でらっしゃるそうで。あの才能と美貌を思えばこそでしょうが、ラジェック様もさぞかし鼻が高かろうに・・・・」
「綺麗な子だ」
「ええ。あの悲炎の家の出とは思えません・・」
そういうディーラーの瞳はあこがれと恍惚の眼差しに満ちている。
「そいえばさ。何で滅多に此処に来ないの?お得意さまでもあるのかな」
ディーラーは言いにくそうに顔を歪め、彼に顔を近づけ声を潜めた。
「此処に勤める身なので言い難いのですが・・・ホテル=レムスってご存知です?」
「ああ。あの銀髪のおっさんがやってる・・」
「そこのカジノ・・・クルーズに殆どいらっしゃるようです・・。まああそこはホテルも兼ねてますし、あの沈丁花の賊臣〈ダフン・ディ・リベル〉≠フ青葉家にも名が通じていますから・・こっちも何も言えない訳で・・」
「ふ――ん」
そんなディーラーの言葉を、彼は上の空で聞いていた。




――――――――欲しい。
純粋な強い感情が、彼を射抜いていた。










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