コツ・・ 彼が歩く度に、一人人が止まる。まるでその時間を止められてしまったかのように。 短めのダークブラウン。 イヴンヘイズのイヴン――イヴニングから来ていると言われている赤み混じりのオレンジ色の瞳。 美しき若き夕暮れの瞳は、凛として人を見つめ、視界の中の民衆を酔わせる。 それだけ彼は人を引き付ける存在だった。 歩む度に茶色の短髪が光を帯びて艶めく。 男性には不釣合いと呼べるショールを羽織っていてしても、彼の存在と姿が自然とそれを打ち消す。 青年はある人の前で止まると、その秀麗な顔に微かな微笑を滲ませて挨拶を交わした。 「今晩は、オーナー」 挨拶を向けられた人物―――ルシオはああ、といった顔で穏やかに笑い、それまでの客人に中断を告げて青年を迎えた。 「俺とは・・・初めてだったかな」 「ええ。父は顔なじみでしょうが」 「アイツは元気か」 「・・・聞かずとも」 「そうか。まあ楽しんでってくれ。泉青がついてくれる。覚えているか?」 「ええ。幼い俺から見ても、あの人は強く美しい人だった。忘れたくても忘れられませんよ」 「その奴に全部押し付けたから」 「ひどい人だ」 「何とでも言え。これでも一応経営者なんだ」 苦虫を潰したような顔で呟く。 彼は羽織っているショールを治し、くすりと笑みをこぼした。 「じゃあおじさんにお任せしますよ。それでは」 《まあ・・・アヤ様よ・・・》 途中、人込みから聞き覚えのある名が上がったのにハーベットは目ざとく耳を立てた。 《あれがマリオネット?・・・まるで日本人形のよう・・》 《本当に・・・》 釣られるように彼はその方向を振り向いた。 前に見たように、彼女は闇の見えない美しさを持っているようだった。 髪は1つに結われ、唇にはほのかな紅が差されて肌の色を際立たせている。 服は少し大きめの長袖ロングドレス。ピンクと白の色調は少女らしさが出てかわいらしい。 ハーベットがしばしそこに足を止められてしまうほどに、彼女は魅力的だった。 カッ・・・・・ 突然その彼女の傍に、1人の男――ディーラーが立ってにこやかに話しかけ、手を差し伸べてきた。 すると彼女の空気が鈴を震わせたように細かく震える。 《あのディーラー・・・》 見れば自分と同じくらいに感じる。 《もしかして・・・》 彼女ははにかむように口を引き上げて笑う。それはとても、彼女に似合うと感じた。 ムカつく。 彼女にあんな顔をさせられる。ただそれだけなのに。 《何か・・・・・・ムカつく》 この気持ちは――――きっとジェラシー。 ハーベットはそのディ―ラーに軽く声をかけた。 彼の美しさに負けずとも劣らないそのディーラーは、天才と呼ばれた顔を逆に引きつらせて彼を迎えた。 それに気づいたハーベットは、にっこりと邪気のない顔で笑いかける。 「あれ?どしたのそんな顔引きつらせて。俺が来るってことはオーナーに言っといたけど」 「・・・エエ・・確かに承りましタガ」 「何かカタコト」 「大きくなったワネ」 「まあね―♪ねえ早くやろーよ」 ハーベットはそのままイスに腰を下ろした。 彼はどこか不機嫌そうだった。 シャッフルをする様にせよ、カードを展開する様にせよ、あらんばかりのトゲトゲしたオーラが滲み出ている。 まるで駄々をこねた子供のようだ、とハーベットは意地悪く心中で笑った。 「何かケーカイしてない?」 「別に」 カードを軽くシャッフルをしてテーブルに置くと、泉青はふぃとそっぽを向いた。 そんな自分より年上の男を面白げに見やり、ハーベットは口元を上げたまま置かれたカードを手に取った。 「男前になったっしょ俺」 「俺にゃ劣るがな」 「ははっ、あコール」 カードを展開(オープン)する。 それをちらりと一瞥して泉青は声音を変えずに驚嘆を混じえた。 「・・・・ふーん。まあまあか」 Jのフルハウス。 「そこらのくたびれジジイと一緒にしないでよ」 オープンしたトランプを一枚取り上げ、ひらひらと自分を仰ぐようにして不敵に笑った。 「おじさんは・・・変らないね。最も会ったのは俺が5才の時だから覚えてないけど」 Kストレートフラッシュ。 「そーいえばさ」 そのトランプで口元を隠しながらハーベットが目元を緩くする。 「ブルーリーフの欠片は何処に?」 ――――ブルリーフは夜月の家柄――青葉家の通称だ。泉青は渋々のように呟いた。 「・・・・・元気だよ」 「俺とおんなじ年かな」 「ああ。25才だ」 泉青のそっけない態度にハーベットは意外そうに目を丸くし、そして再び笑みを刻んだ。 「一応言っとくけど、俺はキョウセイさんがナイトムーン・・・ヨツキさんを殺したなんて思ってないよ。そのムーンの欠片にちょっと興味があるダケ」 「思いっきりありありじゃねえか。見えてんだよ」 「・・・・・やっぱ、通じないか」 降参したように両手を上げ、ハーベットは苦笑する。 それを横目で見やって、泉青は再びカードを切り始めた。 「会わせる気はねえぞ」ぽつ、と彼は言った。 「おじさんにその気が無くても、ムーンの欠片は天に昇りたがるもんさ。青く濁った夜の泉からね」 「・・・・・どういう意味だ?」 訝しげに眉をひそめ、泉青はぴたりとその手を止める。 「・・・・・・俺が会いに行くってコト」 その不敵な笑みからは、青年の考えは全く読み取れなかった。 |