「また当りだ・・・」
そんな誰かの呟きがこだました。
他のゲームよりより騒々しさを増す、ルーレットのテーブル。
運だけに頼れる気軽さから、アマチュアが良く集まることでも知られている。
そんな中に置いて静かな静寂を保つ彼女はその場にはおおよそ不釣合いに思えた。
黒い瞳。胸ぐらの開いたドレスに、今宵はばっさりと下ろした黒髪がより見る者の息を飲ませた。
光の無い瞳のその女性を、人々は良く知っていた。
緋室有夜。その若さと美しさ、スキャンダラスな生い立ち・・・・
全てが人目を引いた。

人形賭事師

彼女はそのあざなでも通っていた。
 
ガラガラガラ・・・

玉がまたルーレットに投げ込まれる。
人々が彼女の手に注目した。

 ス・・・

チップは1積、7の所に置かれる。

ガラガラ・・・・

徐々にその速度が緩まっていく。

そして・・・・

「セブンだ・・・・」

誰かが言った。
ザワッ・・!!
より強まったその喧騒の中でも、彼女は顔色1つ変えなかった。
チップを受け取り席を立つと、足早にそのテーブルを後にした。
こういう運任せのゲームはあまり長居をしないことに限る。
運だけでギャンブルを続ければ、やがてその運は尽きる。


「レディ、見事なお手並みでした」

降り掛かった声に有夜がふと見上げると、一人の若者がシャンパングラスを片手に立っていた。
見覚えはない。
くせのあるダークブラウンの髪に、赤み混じりのオレンジの瞳が印象的な、同年代の青年。
彼はやわらかに一つ笑むと、持っていたグラスをこちらに差し出した。

「いかがですか」

有夜はにこっと笑ってそのグラスを受け取った。

「お逢いしたこと・・ございましたかしら・・・」
「いえ、初めてです。名乗るべきでしたね」

丁寧に腰を折って会釈をする。

「俺はハーベット。ハーベット=イヴンヘイズと申します。
今宵は美しい貴女とお近づきになりたくて、話しかけさせて頂きました・・ご無礼は平にお許しくださいますよう。
ステミエール家がご養女、ミス・アヤ=ヒムロ。一部の方々の間では貴女をMoon lost in the darkness(闇に沈む月)≠ニいうそうです・・ご存知ですか」
「・・・・・人様の呼び方など、本人には関係の無いことですわ、ミスターハーベット」
差し障り無く返せば、彼は口に手をやりながら僅かながらに苦笑して見せた。
「そうですね・・・これは失礼を。いやしかし貴女は何とも強い精神をお持ちですね・・そしてそれに相応しく、お強い・・・」
「有難いお言葉です・・」
「もう1つ、ご無礼をお許しください、レディ・アヤ・・」
「・・・?」
訳が分からずに眉をひそめる。
すると彼はスッと有夜の手を取り、そっとその手の甲に口づけた。
「!・・」
上げられたその瞳はじっとこちらを見つめ、邪気の無い笑顔が向けられる。夕暮れの瞳が色濃く咲いた。

「僕流の挨拶ですよ・・」
「そうですか・・・・・」
たじろぐ有夜に、ハーベットは変わらぬ笑みで答えて言った。
「この機会はとても貴重だな。貴女の様な方とまみえる事など滅多に無い・・是非ともまたお逢いしたい・・よろしければこの後お食事でも如何です?この次に繋げるためにも」
その顔にはあくまでも邪気は無い。だかしかし人を惑わせる何かが奥に潜んでいる。
返答に困った有夜が口ごもっているその時、背中で声がかかった。

「有夜様」
振り返ると、見知った顔が微笑みながらやって来ていた。
「ご歓談中失礼致しますミスター・・・有夜様にお忘れ物がありましたので・・・こちらで預からせて頂いているので取りに来て頂けませんか」
氷月を見、有夜はふと考えたが、忘れ物は無い。
そこから助けに入ってくれたことを察知して、有夜はハーベットに向かい適当な言葉で繕った。
「ああ、そうなの。すみませんミスター。今日はこれで失礼致しますわ・・」
「そうですか・・そちらはもしや、土城の・・?」
問われたディーラーは嫌味の無い笑みで会釈した。
「息子の氷月、と申します。ミスター・ハーベット=イヴンヘイズ様。」
「ふーん・・・彼女はお得意サマ、か」
「は・・・?」
「いや。今日はもう帰ろうか・・収穫があったことだし・・」

カッ・・・

氷月の横を通り過ぎる。

《ライバルが1人、分かったことだしね・・・》
氷月の表情がこわばる中、ハーベットの声はゆったりと有夜に向けられていた。



「またお逢いしますよレディ・アヤ。美しい闇の中の月よ」













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