外にはいつでも出られるらしかった。
僕は持ってきたビニール傘を片手に、もう一方の手を彼女に引かれて、静かな雨の森を歩いていった。 緑は痛いくらいに僕の目に飛び込んで、その清らかさをひたすら誇示してくる。 湿った空気がぴったりと身体にまとわりついては空気に流された。 僕も彼女も、何にも言わなかった。 この大きな緑を抱く森では、言葉はいらなかった。 それでもしばらく歩いていたら、彼女がふと語りかけた。 「ちっちゃい頃って、こんな透明なビニール傘に憧れなかった?」 所々に小さな雫を溜めているビニール傘を見上げる。 「そうなの?」 僕はきょとんとして聞いた。 「うん。子供の傘って結構カラフルじゃない。それは別にいいんだけど、やっぱり他の子が持っているのを見ると、欲しくなっちゃうのよね。シンプルなのが皆より一歩進んでいるというか。かっこい―とか思っちゃって。生意気な子供よね」 笑ってまた、傘を見上げる。 「でも本当は・・・こういう風に何でも見通せたらいいなって思っていたもかもしれないな・・・人の心とか・・・」 「でもそれは・・自分を余計に傷つける。人は誰だって心の闇を持ってる。人を全て知れば、その闇も知れなければいけない。知らなくていいなら、その方が良い」 「そうだけど・・」 「自分を守ることを第一としなきゃ。巡り合う人の全てを受け入れれば、自分は耐えられなくなるよ」 「貴方のことも?」 「僕は君に呼ばれてここにいる。それだけいいじゃない。不満?」 彼女を見下ろして、にっこりと笑って見せる。 それをしばらくじっと見つめた後、彼女はぶんぶんと首を横に振った。 「不満じゃない」 「じゃあ、行こう」 「うん」 やがて僕らがたどり着いたその先には、これ以上に無いくらい巨大な木が太い幹を大きく広げ、天高くそびえ立っていた。 僕はその大きさと気が滲み出す偉大さに圧倒され、ただただ呆然と呆けていた。 すると彼女は聴診器の片耳をほら、と言って僕に差し出した。 何で片耳なの、と聞いたら、彼女は、自分も聞きたいから、と楽しそうな顔で答えて言った。 その屈託のない笑顔に押され、僕は苦笑してその片方を耳に当てた。 コオ―――・・・・ 巨大な木の肉体を通して伝わる、繊細で壮絶な魂の音。 静かで、でもそれは、静かな秘めた激しさを持ち、耳へと伝わってくる。 僕は思わず彼女の方を向いた。 ――――――――――――――――――――涙。 やがて彼女は目を開けてこちらに気がつくと、涙を拭い取り繕うように笑った。 「可笑しいよね・・いつもこうなの・・目から水が溢れて止まらなくなる・・・この胸が・・染みるように、痛くなるの・・」 言いながら彼女の瞳からまた涙がこぼれてくる。 「それは」 僕は驚愕を隠しながら優しく笑いかけた。 「生きている証だよ」 そしてそっと、彼女の細い肩を抱きしめた。 彼女が何故 その涙を水≠ニ呼ぶのか それはきっと その涙の塩辛さを知らないせいで その意味を知らないせいで なにより それを流す回数が人よりずっと 少ないせいなんだろう・・・ 君は今、イキテいる |