帰ってくると、最初は彼女が座っていたイスだけがあったその部屋に、いつの間にかテーブルとイスがもう一つ増え、テーブルの上には何枚かのパンケーキが湯気をあげ、食欲をそそる芳香が漂っていた。 「今日は二人だからいつもより多め」 パンケーキを前にして彼女は軽く笑った。 「おいしさも楽しさもいつもより多めになりそう」 僕はくすっと笑って訊ねた。 「このパンケーキ何枚でお腹が満たされる?」 彼女はカタンとイスに座って言った。 「いつもなら三枚。でも今日はもう一枚多く食べられそう」 僕もまた、彼女に習いイスに座った。 「シロップは多めに」 そうして悪戯な笑みを浮かべ、ナイフとフォ―クを手に取る。 僕は無意識に目を丸くしてナイフを取った。 「蜂が大群で飛んでくるな」 彼女はあら、といった顔をし、 「シロップと蜂蜜は違うでしょ?」 「そうなの?」 適当に切ったパンケーキを口に運ぶ。噛むほどにパンケーキは、口の中でホロホロと崩れていく。 「おんなじだと思ってた」 「蜂に悪いわ。それこそ大群で飛んできそう」 「じゃあその窓を二重にして、鍵を掛ければいい」 「それは安心」 言いながら互いにクスクスと笑い、またパンケーキを口に運ぶ。 「それじゃあ一体シロップって何?」 彼女は少し黙って、 「楓の木の樹液じゃなかったかしら。メープルシロップとかって言うじゃない」 「そうか」 口に入れたパンケーキを咀嚼して飲み込み、僕はまた彼女に笑みを向ける。 「じゃあ今僕らはまるで昆虫のようだ。甘い木の樹液をこうして食ってる。」 彼女は冗談めいたように目を丸くし、 「でも昆虫はパンケーキを食べる?」 「かもしれないじゃない」 「まあるいパンケーキを焼いて白いお皿の上に乗せ、テーブルにこうして座り?」 「焼いたパンケーキの上にシロップをたっぷり掛けてナイフとフォークを持ち、こうして冗談を言い合ってパンケーキを頂く」 「御伽話みたい」 彼女は軽く口の端をあげ、パンケーキを口に運ぶ。 「今僕らがこうしている間に実際にやっているかもしれない」 「それは見てみたい。でもお食事の邪魔はしちゃいけないから」 「そうしたら今度は蜂だけではなく昆虫の大群が」 「折角のお食事を邪魔されて怒り狂って」 「黒い台風になって、ここを襲撃にかかる」 「窓は二重では効かなくなるわ」 「じゃあ鍵を二重にすればいいさ」 そういうと彼女はそうね、と言ってまた笑い声を上げた。 彼女は言ったとおりにパンケーキをいつもより一枚多く食べたそうで、満足そうに笑っていた。 食べ終わったその後には 甘い甘いシロップの香りが部屋中に残って しばらく鼻腔から離れなかった。 シロップの香りが残るこの部屋で |