ひとしきり遊んだ後、僕らはずぶ濡れで部屋に戻った。 部屋にはフカフカの真っ白なタオルやテーブルやらがちょこんと置かれていたが、僕はもうあまり気にしない事にした。 バスルームとかは白い壁の向こうにあったらしく、僕らは交代で冷えた身体を温めた。 「お湯ってまるで、人間の造った羊水だね」 彼女はバスルームの向こうで寂しく、ぽつりと呟く。 僕は足を投げ出し壁に背を持たせかけてその声を黙って聞いていた。 「人間は無意識に、安心できる水を求めているんだね。母親の胎内は安心出来るところだから、たとえ胎内の記憶が無くてもさ、外の空気を吸っていてもさ、きっと人間の肌はその温もりを細胞で覚えているんだよ」 「うん・・・」 「少しでも安心出来る場所。心が泣ける場所。全てをさらけ出しても、誰もが許される場所。誰も居ない、でも守られると分かる。私はどこで泣いたかな・・今度は何処で・・泣けるかな・・・」 「うん・・・・」 「死」怖くない人間などいない 閉ざされた未来を 歩く道が不透明で暗いのを 怖くない人間などいないのだ。 それでも彼女が笑顔を絶やさないのは 怖くて怖くて仕方ないのを ただひたすらに堪えているに過ぎない。 僕は そんな小さな小さな彼女を 抱きとめて、死なせたくないと思った。 それが愛なのかそれとも恋と呼ぶのか 今の僕には、分からなかった。 夕食を食べ終えてから、彼女はだんだんと無口になっていくのが分かった。 そしてしっとりとした空気の漂う外の景色を眺めながら、彼女はただ黙って真っ白なベットに身を沈めた。 静かだった。 「ねえ」 彼女はベットの中から、テーブルに肘をついてぼんやりとしていた僕をぽつりと呼んだ。 僕が微笑んで傍に行くと、彼女は穏やかに笑って言った。 「手を・・・握っていてくれる?」 僕は無言で笑って彼女のベットの脇に腰を下ろすと、差し出された白く細い手をそっと握った。 彼女の手はひんやりとして、冷たかった。 「・・・小さな頃は目を閉じるとおばけを見るから怖くて・・・・父さんが眠るまでずっと頭を撫でていてくれたわ・・・・」 ぽつりぽつりと言葉を漏らす。 「今は・・・・この目を閉じるのが怖いわ・・・」 「見えないのは不安だからね・・・・・・」 「ホント中途半端。勉強も生活も心も・・・」 フッと彼女の言葉が途切れて、僕は思わずその顔をのぞき込んだ。 彼女は目を開けていたので少しほっとする。 「この命でさえも」 切なそうにこちらを見つめて笑う。 僕の心にチクリと刺さって、見えない血が流れる。 「君は・・・・・・」 彼女を見つめたまま、僕はとうとう聞いた。 「君は何で・・・・死んでしまうの」 彼女は雷を受けたかのような、驚愕とも取れるように、その目を大きく大きく開いて、そしてそっと僕から視線を外した。 追求はしなかった代わりに、長い長い沈黙が僕達の間を貫く。 やがて観念したかのように、彼女は短く息を吐くと、震えるような声でゆっくりと呟いた。 「・・・・・・・・・神サマは・・・私にだけ期限付きの命を付けたの」 「期限・・・・」 「他の子と全く変わりない健康な身体。でも他の子とは全く違うこの命。哀しかった・・・・何度も終らせようとしたわ・・・・」 手の甲を自分の額に当てて、その瞳を閉じ、思い出すように彼女は語りだす。 受け止める事実の痛みを改めて捉えたようだった。 「・・・・」 「でもある時夢の中で貴方に出会った・・・・一度きりだったけど、忘れられなかった・・・それが・・・その想いが私を生かした。貴方に感謝した・・・・それだけなら・・・どんなに良かったことか・・・」 閉じていた瞳を再びこちらに戻す。外に在る夜のような大きな黒い瞳が、僕の姿をはっきりとそこに映し出していた。まるで夜の泉のように、波もなく震えも無い瞳。 「期限付きのこの命・・・短い時の中で・・・私は貴方が好きになった・・・」 彼女の頬に、つつと一つの雫が伝った。 「夢ならっ・・・・この現実が夢ならっ・・・・何度も思った・・・・・」 嗚咽を漏らしながら、彼女は懸命に言葉を口にしていた。 「僕は・・・」 静かな森は夜になると動物、アリ一匹見当たらず、静寂が矢のように放たれて広がっていた。 「今とても・・・君を死なせたくないよ・・・・」 彼女の涙が、もう止まらなくなっていた。 「手・・」 「うん・・離さないから・・・」 期限はそして終焉を待つ |