「やっぱり目を閉じているのは怖い」 夜がふけ、月が顔を覗かせて木々を照らし出す頃、彼女はふと目を開いた。 僕は彼女の寝ているベッドの脇にもたれるようにして寝ていたため、起きた時は身体のあちこちが痛かった。 「ワガママ言ってごめんね」 ベッドの中で彼女は哀しそうに笑った。 「外で眠って蚊にに食われるよりはマシだよ」 「いい献血にはなるわね」 彼女はそう冗談を言ってクスッと笑い、木々の隙間から零れる月光に目を移した。 「・・・・・・・・空からでもこの月光は見えるのかしら」 「どうだろう」 「見えればいいな」 「そうだね・・・」 地上に生きる僕らが 何処にいても皆 同じ空 同じ夜 同じ月を見ているというのなら 死んでしまったら そうではなくなるのか どうあがいても やがては死に別れてしまうのなら 願わくば 生きていても 死んでいこうとも この空が見えることを祈らずにはいられない 彼女はもう起き上がる力もないようだった。 首だけを動かして外を見たり天井を仰いだり、迫り来る時に恐怖していた。 「私はもうすぐ忘れ去られる・・・・・・」 突如、彼女がうわ言のように彼女が呟いた。 「―――――――――・・・この姿も、骨も、肉も、血も、髪の毛も全て・・・ 私を覚えてくれた風はもう過ぎ去り、木はやがて枯れ、私を知るあの川は姿を変えて海になる・・・・」 「・・・・・」 「私の生きた証は何処へ逝くのかしら・・・」 僕は握っていた彼女の手をそっと、自分の胸へ当てた。 「此処へ行くよ」 彼女はゆっくりと僕を見つめた。 僕は、優しく笑った。 「僕がこの瞳と心に君の姿を、今こうして握る手の感触、通して伝わる君の体温、髪の毛、心臓の鼓動を、全て此処に覚えておく。たとえ心が記憶を忘れても、この魂に刻み込んで忘れない」 片方の手で彼女の髪の毛をそっと撫でる。 「きっと、ずっと。僕は、君を此処で覚えておくよ」 「・・・・・当てにならないわね」 苦笑した彼女の瞳が涙で濡れていた。 そして僕に握られているその手を引き寄せ、彼女は左胸にそっと当てた。 「・・・・・聴こえる・・・?」 彼女は泣きながら僕に聞いた。 僕は優しく、笑って答えた。 「聴こえる」 髪を撫でていた片方の手で涙を拭ってやるが、彼女の涙は後から後から溢れては頬を伝う。 「・・・一人じゃもっと・・・・もっと怖かった・・・」 「今でも怖いよ」 「・・・・少し安心」 「こんな僕なんかで?」 「・・・・うん」 僕はただ、黙って笑った。 「・・・・・・・・ねえ」 「ん」 「歌を歌って」 僕は 彼女が目を閉じる その時まで 自分の好きな歌を 繰り返し 繰り返し 歌い続けた いつにだっただろうか 彼女は最期の力でようやくその瞳を開けた。 瞳は涙で濡れぼそって 少しばかり充血していた。 僕がどうしたの、と聞いた気がする。 彼女はそのどこまでも深い黒い瞳をこちらに向けた。 『アリガトウ』 そして 彼女のその言葉を待っていたかのように 月が天高く昇ったその場所から 森全体を淡い光で染めつくし 彼女の心臓は、静かに止まった。 それを聴き届けて 僕はその場にうずくまり ただただその声を殺して泣いた。 ああ、神サマ。 たった一日だけなのに 僕はやっぱり、彼女が好きでした。 さようなら 24時間の恋い人 |