私は数少ない友人を頼り、何とか住む場所を探した。
後はもうどうでもよかった。取り繕うような日々がそれこそ続く。
ひび割れた心の柱は毎日その破片を落し、突き刺さっていく。
何かが足りなかった。何かがむなしかった。
その何かを埋める様に、私はバイトに明け暮れ、手首を切り刻んだ。
でも心はひび割れを修復せず、ひたすら崩壊を進めていった。
手首はズタズタになり、何度か意識を失った。
病院には行かなかった。親に通報され、自傷がばれたら止めさせられる。
唯一の安息を取られるのは嫌だった。


私は、こんな人生で終わってしまうのだろうか。
<このまま・・・しんでしまうのだろうか・・・>
ネオンがどこまでも続く街並をサヤはファーストフードの店内からぼんやりと見つめていた。
ふと手元を見やる。頼んだウーロン茶は溶けた氷で大分薄まっていた。
いいやと思い、クニャリと曲げたストローに口をつける。やはりほとんど水だったが。
やああって、サヤはもう何度目かになる溜息をついた。
<どうしよっかな・・>
このままアパートに戻ってもなにもないし、何もする気にもなれない。
数少ない友人の元に行くにしても気を使うし使われる。
<・・もうちょっとここにいよ>
結局それにたどり着く。
変わらない、いつも通りのパターン。






「おねーサンお暇で?」
ふとそんな声がかかった気がした。
何気なく顔を向けると、いつの間にか目の前に見知らぬ青年が微笑んでいる。
思わずのけぞってしまい、テーブルに肘をぶつけてしまった。
<はっ・・・・?>
さらりとしたYシャツに深色のジーパン。
端正な顔立ちは、街中を歩けば数人が振り向いてしまいそうな印象の強さを持っている。
黒混じりの茶髪をどこかうざそうにはらって、彼は再び彼女に視線を向け、微笑んだ。
「誰・・・?」
無意識の内に棒読みになってしまったサヤを見つめ、青年は声を堪えながら笑った。
「・・・っ・・おねーサン面白いね。そんなにびっくりした?」
何がそんなにおかしいのか、目尻には涙さえ浮かんでいる。
「す・・するわよ・・なんか用?」
「やだなあ分かってるくせに」
「・・・ナンパなら帰って」
「じゃあ俺のこと覚えてくんない?」
にこやかに、そう呟く。
「はっ!!!?」
素っ頓狂な声を上げて、サヤはその青年を見つめた。
青年はかまわずにしゃべり続けている。
「俺もう独りだからさ、俺が死んじゃったら誰も俺がこの世界にいた事忘れちゃうし」
「・・・人は独りよ。何の意味においても。誰かが誰かを覚えているのはたまたまなこと」
青年は驚いたような表情を浮かべた。
「何かでもそれってスゲくね?偶然が毎日のように起こってるわけじゃん」
口端を軽く吊りあげる。
「俺がおねーサンに声をかけたのも、偶然ってことじゃん」
「それは自発と言うんだけど」
さらりと返すと、青年はテーブルに肘をついて苦笑のような笑みを浮かべた。
「トモダチ少ないってよく言われない?」
「言う人少ないから言われても分かんない」
青年に向かい、嫌味ったらしく口を歪める。
「あっそ・・」
そう言って彼は窓の方に視線を向ける。
その顔を一瞥して、サヤはふとあることに気づいた。
「貴方・・目・・」
その言葉と視線を受けて、青年はどこか悲しげに自分の瞳を指差した。
「気持ち悪い・・?」


その瞳は、まるで血のように真っ赤だった。

「ううん、綺麗だなって。カラコン?」
「いや、生まれつき」
「へえ。ハーフかなんか?」
「んー・・一生治んない病気ってとこかな」
「そうなんだ・・ごめん・・」
「いやいや構いませんよ。しょーがないことだしね」

軽い笑み。

「色・・は識別できるの?」
「否。まるっきり“赤”。周りの風景も人も何もかも」
「じゃあ何で私に声かけたりしたの?ミンナ赤じゃ人なんて皆同じでしょ?」
青年は一旦考え込んで、にぱっと笑って答えた。
「インスピレーション?」
「そ・・」
げんなりと呟くサヤに、やさしく微笑む。
「ホントはこんなことしないぜ?」
「うそくさ」
「・・アンタホンときついな」
「どうも」
皮肉めいて笑うと、青年は声を上げて笑った。
その笑いに、サヤも思わずつられて笑いをこぼす。
「そーいえば名前聞いてなかった。なんていうの?」

「サヤ」

「綺麗な名だ」
「おにーさんは」
「人からはカオス≠チて呼ばれてる」

「カオス(混沌)?」

「ああ」
「いろいろあるんだね」
「まあね」

この人は今までにどんな仕打ちを受けたのだろう。
カオスと呼ばれる程の事をしてきたというのだろうか。
私はその名と瞳に、とても深い闇を垣間見た気がした。
それでも私は、カオスの瞳にとてつもなく引かれるのを感じ始めていた。
カオスはジーパンのポケットから携帯を出して時間を見、立ち上がった。
「帰るの?」
「寝に戻るだけだ。住む所なんて名ばかりの空間だよ」
先ほどの微笑を浮かべ、カオスがこちらを見下ろす。
「話してよかった。楽しかったよサヤ。また逢えたら逢おう」


赤い瞳。殺意にも似た、情熱の色。


もう一度、逢いたい。
俯いて、サヤは呟く様にぼそりと彼に尋ねた。


「カオス」
「ん?」
「どこに行けば逢える?」

考え込むような仕草の後、彼は悪戯っぽく微笑んだ。


「堤防のある海」


「そっ・・それだけじゃ分かんない」
「だぁめ。ヒントだけだよ。俺を探して?」
近づいた顔がね?という風に笑う。
「・・・・・・・・うん」

嫌とは言わせない、魅惑の瞳。

「待ってるよ。その頃にはきっとサヤは俺の事好きになってるから」
「はあ?!そんなことあるわけない」
「どうだろー?」
そう言ってサヤに背を向ける。

最後に一度だけ振り向いて、カオスは優しく微笑んだ。
「じゃね。きっとサヤは俺を見つける。ずっと待ってるから」


ずっと待ってるから・・・

不思議な余韻を残して、彼ーカオスは街の中へと消えていった。







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