赤≠ヘ情熱の色だという。
その通りかもしれない、と思う。現にあの異色の色を忘れることが出来ないから。 ネオンサイトのきらめく街。人々の行き交うストリート。光を拒絶した裏路地。 あたしは気づけばあの赤(カオス)を探してしまっていた。 探して・・・? 頭の中に呼応するようなあの声をいつだって思い起こすことが出来た。 赤≠ヘ情熱・・・? 否。あたしにとってそれは真逆なのだ。殺戮。背徳すら覚える鋭利な、まるで鋭利な刃。または狂気の様な。 そう、狂気だ、これは。心地よい狂気なのだ。 カオス。カオス。カオス。 私は心の中で、何度も何度もその名を呼び続けていた。 ザァ・・・ン・・・。 波音が静かに寄せては返し、夜へと溶けていく。 その夜の空には、散りばめられた水晶の欠片のような星と、全て煌々と照り返す青白い顔の月があった。 サク・・・。 踏み締めた砂の感触は靴の裏で嘘のようにざらついていた。 トスンとそのままそこに腰を降ろし、塩辛い海の空気と波音を身体に受ける。 〈ここだと・・・思ったんだけど・・〉 自分がいける範囲での距離で、堤防のある海のある場所。 そんな条件で探してみたら意外とすんなり見つかったので、バカみたいと自嘲した。 ザァ・・・ン・・ザァ・・ン。 夜の海は波音以外何も無い。サヤは自然と目を閉じてその世界に入り込んだ。 すると、まるで自分が海の中に沈んでいるような感覚に陥る。 〈生命が海から生まれたって言うのは・・・あながち嘘じゃない気がするな・・〉 ザァ・・・ン・・ザァ・・・ン。 「いいトコでしょ」 不意にそんな声が背中から投げ掛けられた。 サヤははっとして意識を戻し、その方向を振り返った。 黒ずんだ堤防の上に、1つの影がある。 それはトンと砂地に降り立つと、月がその影を静かに照らし出した。 「カオス・・・・」 彼はニコと笑うと、ついと一瞬海を見やり、そしてすぐにこちらを見下ろした。 「俺難しいこと言わなかったでしょ?サヤがスグに見つけられる場所。月がとっても綺麗なんだ」 冷たいような月の光と夜の海の世界。カオスはまるでその世界の住人であるかのように良く馴染んでいる。 サヤはスッと立ち上がると、自分より幾分か背のあるカオスを見上げた。 赤い赤いその瞳の中に、小さな自分が紅く、赤く映っているのが見えた。 「でも貴方のことスキにはならなかった」 「スキだよ」 ひゅうう・・と風が耳元で音を立てて通り過ぎた。 カオスは親指と人差し指の爪を擦りあわせると、そっと天上にある月を仰いだ。 「ずっと、待ってた。待ち続けるのが嫌で、又会いに行こうともした。でも我慢した」 「なんで・・・?」 「・・・・俺のこの目ね」 カオスはこちらを向くと、スッと人差し指でその瞳を指した。 「4才の頃に両親が殺された。その時のショックかなんかで赤くなったと言われたけど、原因は分らなかった。 医者にもさじを投げられたよ」 月明かりのせいだろうか。その赤い瞳の奥に、陽炎のような揺らめきに似た光が一瞬見えた気がした。 風に流れた髪の毛が口に入ったのも気に留めず、サヤは吸い寄せられたように彼に見入っていた。 「この目のおかげで親類には気味悪がれ、たらい回しにされる日々が続いた。俺のせいで両親は死んだって言う人もいた。 現に俺だけ惨劇から生き残ったから。結局落ち着いたのは孤児院でね。皆優しかったけど、寄せ付けがたい空気を持ってたな。 ――――――ずっと孤独で、独りだった。この運命を、この瞳を呪いさえした。 そしてあの日、俺は君を見つけた」 弱々しいほどに疲れ果てた声だと思った。 虚無と憂愁にまみれ、どこまでも終ることの無い地底の底に落ちている、 そんな空気が彼の周りをねっとりとまとわりついているように見えた。 「初めて見た時、君は同じような孤独をまとってた。 癒えることの無い傷があちこちに見えて、見えない血を流してた。俺と同質にあって、どこか違う哀しみを背負っていた。 ――――訳も無く惹かれたよ。訳も無く」 瞬間、身体の内を幾千の焔が駆け巡るような感覚を覚えた。 油の跡をその焔がたどって焼き尽くし、通り抜け、最後には心に到達し、どこかへと消えていった。 サヤはゆっくりとカオスに歩み寄ると、彼の目の下の皮膚に触れた。 そのまま彼と視線を合わせると、サヤは悲痛にかすれた声で言った。 「・・・・・・貴方の闇は、赤いのね」 その瞬間、彼の瞳から一粒の涙が溢れて伝い、サヤの指先を濡らし、甲を流れた。 「赤いから、余計に苦しいのね」 カオスはそっと触れられているサヤの手に自分の手を重ねると、その目を静かに閉じた。 彼の目からまた1つ、1つと涙がきらめいて溢れ、乾いた砂浜に無言で落ちていった。 |