彼の世界は唯一色でした
それでも彼はまぶしくて でもいつも切ない瞳をしていました
私は 彼の世界にイロを与えたい。
薄暗い回廊に灯されていく、ロウソクの明かりのようだ。
ポツ、ポツ、ポツと間隔を置いて均等に、静かに蝋涙する台の上のロウソク。
私の体内にはそのロウソクが灯っている。
それに1つずつ静かに、絶望と孤独を感じ取り、その深さに泣きながら灯してくれたのは――――――カオスだった。

私は彼の一言に惹かれたのだ。

地球の遥かな引力より早く、海のとめどない深さよりも深く、ただその一言で、引き寄せられたのだ。
魂の匂い。
つむぎ出す言葉の旋律。
赤い赤い哀しみをまとわりつかせた瞳。瞳。
カオスと私は一緒だった。でも違っていた。
だからこそ出会ったのだと思った。思わずに入られなかった。
私はあれから何度もカオスと会った。
それは互いの傷の舐め合いかも知れなかった。埋まらぬ心の慰めかも知れなかった。
だが、私たちはそれだけが救いだった。それだけで精一杯だった。
やっと出会えた同質の哀しみと異質の孤独を背負った穴だらけの魂は、その傷を癒そうと手を伸ばし、
指先で触れてその傷から流れ出る赤い血を止めようとした。
痛かったその傷は、出会う度に塞がった。
言葉をかわす度に癒された。
それだけが―――――私たちの救いだった。







一つだけ確かな事がある。
あの人は私と同じ。
引き裂かれた心を、ひび割れそうな壁で必死に押さえて生きている。
「色を知ろうよ」
そう言うと、向かい合った顔が不機嫌を見たように歪んだ。
「色は知ることが出来ない。見るんだろう?」
「カオスは色を感じるの。」
「感じる・・?」
「ん、とね・・」
辺りをキョロキョロと店の外の景色を見やった。
ふと、傍の花壇に白い小さな花が咲いているのを見つける。
「来て!」
「はい?!」
カオスを引っ張り店を出て、その花壇まで連れてくる。 その腕を掴んだまま、そっと白い花びらに触れさせる。
「これが、この花の色」
「やわらかくて・・・優しい色だな・・不思議だ・・」
「後は想像も大切。見るだけが色じゃないのよ」
「じゃあこれは風の色だな」
吹きつける風を浴びて、カオスは嬉しそうに言った。
「でもサヤ、空はそうすればいい?触れない。月は?」
サヤはカオスを見上げて微笑む。
「想像が大切って言ったでしょ?触れないなら、貴方がその色を想像すればいい。その色が貴方の色。
人が決めた枠内にはまらなくてもいいの」
「そうか・・・」
カオスはその瞳に新たな光を灯して呟いた。
「俺には俺自身の色があったんだな・・・そうか・・サヤ」
嬉しそうに微笑む彼の日の光より美しく、眩かった。
「いろんな色を知ろう。あの木の葉の色や空の色、月の光も今までよりもずっと美しく見える」
「きっと見えるよ。カオスの瞳は今まで以上に世界を見ることが出来る」
「サヤ。俺はサヤとその色を知っていきたい。たくさん教えてくれ。そして一緒にたくさんの色を見ていこう」
ああ。
この人は私だ。
知ることのなかった世界に、ひたすら手を伸ばして掴み取ろうとしている。
ちょっとびくつきながら、でも興味を持って。
縛られた世界から、自分で絡まった糸を解き、手を伸ばしている。
この人は―――私だ。



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