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久々の良い月が出ていたので、海で月見をしようということになった。
途中で温かいものとお菓子を買い、誰も乗っていないバスに乗って。 バスの騒音が痛いほどに耳につく。気にならないと言えば嘘になるが、それすら心地良い子守唄のように聞こえた。 真っ白な月を見ながら食べ物を咀嚼して胃袋に入れて。飲み物で身体を一時ばかり温める。 今の私たちには、自虐的なそれが相応しいように思えた。 「ねぇカオス」 「うん?」 月の光を受けた彼の瞳がこのうえなく妖艶なくらいに美しく輝いた。 「この世界は貴方の目には何色に写ってるんだろう」 「・・・そ―だねぇ・・」 月に手をかざし、カオスはぼんやりと呟く。 「ただ・・・こうしてみている月は俺は美しいと感じる・・・君が僕にその美しさを教えてくれたから」 こちらを向いて、微笑む。思いがけず顔が紅潮した。彼は気付いてないのか、かまわずに会話を続け始めていた。 「…今まで嫌いだったこの赤も、君は美しいといってくれた。情熱の色だと。俺は両親が殺された時の赤以外の赤はないと思ってたから。 嬉しかった。君はそれから様々な色を教えてくれた。蒼い色木の葉の碧、飾られている看板の色とか人の感情の色とか…」 堤防の冷たいコンクリの地面についていた私の手に大きな手を重なり、その赤瞳で真っすぐに見つめられる。 酔いしれるくらいに妖しくて、綺麗な瞳だった。 「君に会えてよかった」 吸血鬼に魅入られた女というのはこんな気分なんだろうか。私はカオスの瞳から目が離せなくなっていた。 「サヤ…?」 呼ばれて、はっと現実に引き戻された。心配そうに見つめる瞳がある。 私はなるたけ気丈な笑みを浮かべた。 「カオスに会えて良かった。でなきゃ私は自分で生きることをしなかったから。」 「サヤは優しい。だから人を傷つけないように自分を傷つけてた。何も言わなかった。でも俺はサヤの傷を受け入れてあげる。だから…」 重ねた両手を包み込むように握る。 「もう傷つかなくていい。だからもう傷つけないで。」 手首の傷に暖かな感触がある。それを感じて、私は胸の奥が締め付けられるように苦しくなった。 顔を上げると、カオスのやわらかな笑みがある。 「俺の傷も受けとめてくれた。サヤはすごいよ。だから、もう泣いていいよ。今度は俺がサヤの傷を受けとめるから」 カオスの手の温もり。優しいコトバ。私はいつ知れず声を上げて泣いていた。 カオスはずっと手を握っていてくれていた。 人の手の暖かみがこんなに優しいのかと、私は苦しいくらい思い知ったのだった。 |