3. 「普通ね。普通のバーガーショップだわ」 現場は賑やかな街中のハンバーガーショップの死角となる席だという。 早速二人で店の中に入って見ると、事件があったにしてはあまり変わりないそこら辺の賑やかなショップだった。 「多少情報は隠してんだろうな。まあ隠しきれない部分もあってか野次馬もちらほら居るみてぇだ」 注文したハンバーガーセットのトレイを抱えながら紅がそこの席を回りをチラチラ伺っている。 …事件が…あの…で… 血が無かったって…マジ?!… こわーい…もしかしてヴァンパイア? …いるのかな… …それにしても、あそこのカップル超美人! 相手もイケメン…いいなー… 閉じていた瞳を上げて、真紅はクスリと声を上げて笑った。不可抗力で余計な物まで聴こえてしまった。 行こう、とトレイを持つ紅に声をかけて人ごみを抜け、その席の近くに席を確保した。 無機質なデザインの椅子に腰を降ろし、その硬さに顔をしかめるが仕方ない。 トレイに乗ったハンバーガーとポテト、ドリンクを見つめ、少し迷って最初にドリンクを手に取った。 「それで…紅は何か感じ取った?」 喉に冷たいウーロン茶を流し込んでから真紅は眉根をよせている紅に向き直った。 紅は取りあえずハンバーガーを手に取って一口かぶりついてから、時間をかけて咀嚼して飲み込むと口を開く。 「んー…、そんな感じるモノはねえなあ…なんか禍々しいもの…はちょっぴり残ってるって感じだけど… 人の喧騒にかき消されてもう消えそうだ」 「そう。…私もそんな感じね。でもその禍々しさはちょっと放っておけない感じ。 いつも感じる鬼の感じとは似て非なるものという感じも受けるな」 ポテトをひょい、と摘んで口に入れる。塩っ辛い揚げ物の味が口の中に広がった。うーん、癖になりそう。 そう思ってまたウーロン茶を飲み込む。 「邪鬼っていう総称自体間違ってるしな。 様は『邪なる鬼』なんだ。それを鬼飼いの世界で分かりやすくしたようなもんだから」 そうね、と相槌を打ちながら、あっという間に紅の抱えていたハンバーガーは半分にまで減っており、 真紅は少しびっくりしながらまたポテトを摘み、口に入れようとして―止まった。 「……」 それを見て紅もそれに気がつきピタリとその動作を止め、視線をそのまま外に向けている。 外にはいつの間にか救急車のサイレンが鳴り響いていた。二人で視線を合わせ、同時に立ちあがる。 紅の瞳が仄かに紅く色づくのを察した真紅の心もザワリと一瞬波立つ。 ゆっくりと自動ドアをくぐると、目の前の広場には集まり始めた人だまりと、傍には煌々と救急車の灯りが無音で光っている。 人ごみの中に見つけた地面の血だまりに、二人の視線は一気に集中し、そして― 「! 真紅」 「っ!」 叫ぶ様に自分の名前を呼んだ紅の見る人ごみの中を素早く睨み付ける。 ―そこには、まるでこの世の物ではない、美しい「人」が人ごみの中、一人異彩を放っていた。 自然、というには不自然過ぎる黒濡れ羽のショートカットの髪の毛は艶やかで、白練りの肌はぼんやりと夜の暗がりに浮かび上がっている。 そして何より目立つその血の様な真っ赤な唇は―見た瞬間にぞっと寒気を覚える程、美しかった。 視線に気がつき、それがふとこちらを見上げる。その瞳は、『アカ』。 一瞬にして目を奪われてしまう程に、それは『紅色』だった。 瞬時にくらりと軽く眩暈を覚えた。それが知れてしまったのか、それがその唇をゆっくりと吊り上げて笑った。 上品な微笑みは邪な空気を微塵も感じさせなかった。遠くで紅の声がするが、何故か気にならない。 むしろそれがうざったく感じさえする。それが唇を動かし、そして無音で真紅に語り掛ける。 『オ』 『イ』 『デ』 意識が完全にそっちに持っていかれかけて、足が動きだした。 嗚呼、何故、何故?!僅かな意識は動揺し、動揺は更に心の壁を歪め、意識を遠のかせていく。 もう、ダメ― 『真紅、戻ってきなさい』 突如、水の様に冷たい、冷静な声が意識を割って侵入してきた。 それをきっかけにしてハッ、と我に返ると、途端に手足の自由が効く様になった。 がくん、と崩れ落ちた身体を冷たい掌が受け止めてくれた。 その手の主をゆっくりと真紅は見上げると、自由の効く様になった唇をやっと動かした。 「桝花(ますはな)…」 右サイドにその黒髪をかけたミディアムショートの美麗な顔が無表情にこちらを見つめている。 青いデニムシャツが彼にはとても良く似合っている、と場違いな事を思ってしまった。 彼は違う地区の担当なのに、何故来てくれたんだろう。滅多に見る事の無い顔を見つめ返した。 そんなぼんやりとした真紅を見つめ、桝花は次の瞬間少し安心したように表情を緩めた。 「大丈夫ですか。もう身体は動く? ああ、なら良かった。熨斗目(のしめ)、何か飲み物を。 無いならそこの自販機で買ってきなさいこの無能が。真紅?」 「…ああ、私。操られかけてた…」 ごめん、と一言謝ると、桝花は口の端を少し歪めて彼なりの微笑みを作ったようだった。 「それは貴女の相棒に言うべきですよ、真紅。貴女をずっと掴んでくれていなければ、貴女は完全に攫われていた」 桝花に呼ばれた紅が横から顔を覗かせる。少し泣きそうな、悔しそうな顔をしていた。 それがあんまりにもらしくて、真紅はくしゃりと顔を歪めて微笑んだ。 「真紅…途中から意識が無くなるから…どうなるかと」 「うん、…ゴメン。ゴメンね、紅。ありがとう」 「良かった…」 そう言って紅は自分の左手を握りしめたまま、祈る様に合わせた両手を額に押し付けた。 その後、彼の後ろからアッシュオレンジのミディアムショートにパーマをかけた、 見た目も鮮やかな男―先程桝花に怒鳴られていた熨斗目(のしめ)が近づいてきて、冷たいミネラルウォーターのペットボトルを差し出してくる。 「取りあえずいらなくても飲んどけ、真紅。…直ぐに来れなくて悪かったな。二人とも確信が持てなくてよ」 「良いの、ありがとう熨斗目」 礼を言って受け取り、キャップを回して水を飲み込む。心なしか意識もはっきりしてきたようだった。 真紅が水を飲み込むのを見届けた桝花は、困った様にため息をついてから紅を見つめた。 「真紅には言っていたんですが、心配で来て見ればこの様ですよ。 …吸血さんは余程彼女がお気に召したらしい。まあ、もともと真紅の名と彼の対象とする血は『アカ』―相性が良すぎるくらい良い。 あの人ごみから彼はそれを見抜いたんでしょうね」 「でもよー桝花。どうして操られた真紅を、紅が止められなかった? コイツに聞いて見りゃ何度も怒鳴って身体を抑え込んでた。手を引っ張るだけではダメだったんだ。そうだろ、紅?」 そう言って熨斗目は紅に話を振ると、紅は消えそうな声でああ、と一言呟いた。 「…まるで俺の声が届いてなかった。意識もどっかに行って…くっそ!」 いらただしく拳で地面を殴る紅に、桝花は冷静な声で彼を諌めた。 「それに関しては心当たりもなくはないですが、紅。 貴方も『アカ』の名を持つ鬼だからこそ、逆に力が通り過ぎたという可能性もあります。 しかし過ぎてしまった事を悔いてもどうしようもない。今は前だけを見つめなさい。さもなくばまたこの様な事が起こりますよ」 それの消えた先、未だに賑わう人ごみを見つめながら、桝花が呟く。 「敵は手強そうですね…まるで見せつけの様に、この場所で第二の事件を起こしてしまうなんて」 その先の地面に残る僅かな血痕に、皆の表情が瞬時に翳った。 『オイデ…私のアカ…』
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