2.
高いビルの間から、大きな満月が顔をのぞかせて光を放っている。夜空は月の光彩を吸収して、空自身が光を放っているかのようだ。
そのビル群の中の一つの屋上の柵に寄りかかり、下の街並みを見下ろしているのは二人の人影―真紅と紅の姿があった。
屋上故に風がよくふき、その度に真紅の髪の毛が緩やかになびく。 
こういう時くらいはまとめてくりゃいいのにー傍らに立つ紅はいつもそう思っていたが、
口に出したら出したで怒られるのは目に見えているので止めている。


彼女の２つ外したYシャツの間から彼女の白い肌と、細身の銀のチェーンがチラリとのぞいているのが見える。


「……」


そのチェーンに付いているものと全く同じ物を自分はこの左手の薬指にしている。しかしそれは決して彼女との情愛の証では無い。
それはー


「紅」


それまで押し黙っていた真紅が唐突にこちらを呼んだので、紅は意識をすぐさま彼女の方に向けた。
そのセミロングの髪を風に流しながら、真紅は紫がかった黒い瞳をゆっくりとこちらに向けてくる。


「……奴の気配がする。場所を特定して」


その瞳は昼間のぼんやりとした眼差しとは違い、その奥に意思の強さを宿している。
この瞳がこの瞬間、必ずこちらを見つめる事を紅は少なからず愛していた。
ニタリと笑みを張りつけると、左手の掌を夜空へと向けて上げながら己の右足で一歩彼女に歩を進め始めた。
コツ、コツ。やがて夜の女王の御前まで辿りつく頃には、紅の姿は徐々に変化を始めている。


「真紅。真紅。真紅。愛おしい俺のオヒメサマ」


熱を孕み、愛を囁くように名前を呼ぶ彼の口腔内から覗く犬歯は通常の人間ではあり得ないほどに伸びきっていた。
耳もそうだ。それまで丸みを帯びていた彼の耳は悪魔の様に尖っている。そして最大の特徴は彼の頭に現れていた。
―それは額から少し上の辺りに現れていた二つの突起―角だ。白磁の輝きを放つそれは、象牙のような形をしている。

それは―鬼の角だった。

最後に月の光に照らされた彼の美しい顔の彼女を見つめる瞳は血の様な赤色になっていた。
その口元を引き上げ、にっこりと笑みを作った紅の美しい顔は、今ただ一人の為に向けられている。


「真紅。―ご主人様。力が欲しい。お前の力が―…」


その顔を見て当の真紅はふん、と荒々しくため息をつくと、紅の濃い赤のネクタイをぐい、と引っ張ってその身体を引き寄せた。
されるがままに引き寄せられた紅は相変わらず笑みを崩さない。
その余裕ぶっこいた面が嫌いよ―そう思いながらその場では口にしなかったが、真紅はややあってゆっくりと口を開いた。


「欲しくば、躾けた通りの事をなさい」


言われた紅は嬉しそうにまた笑うと、その左手で真紅の胸元に手を差し入れ、あの銀色のチェーンを引っ張り出した。
その先端には一見するとシンプルな作りの、紅が左手にはめているものと全く同じシルバーリングがぶら下がっていた。
そのリングを左手で掴み、紅は顔を降ろしてそのリングに静かに口づけた。
途端リングがポゥ…と白く発光し、光が彼の唇を伝って口の中に吸い込まれていく。

それが終わると紅は再び顔を上げ、ペロリと下唇を舐め上げた。


「さぁてと、始めますかね。俺達の『お仕事』―邪鬼狩りを」


赤くなった瞳を閉じ、街中の気配を探る。
やがて真っ暗な世界の中にまがまがしい気配を見つけ出し、再度瞳を持ち上げた紅は、一点の方向を指して真紅に言った。


「あそこの位置だ」


「そ。じゃあ行きましょう。最悪な事態だけは避けたいわ」


次の瞬間、二人の姿は一つになり、その場から姿を消した。








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