まだ蟲も起きないような真っ暗な朝方、けたたましいくらいの携帯音が鳴り響いた。丁度荷物を取りに自宅に帰り、仮眠を取っていた私は跳ね上がるように飛び起きた。
「ルナ、忘れていたな」
開口一番、彼は重々しくそう宣言した。
「な、何をデスか」
「月1で私に報告を出しに来る事」
「あ」
「10時だ、ルナ。いいね?」
「・・・・申し訳ありませんでした・・・・」
そのままあわただしく電話の画像が途切れると、思わず溜め息が零れた。あれ、怒ってたな・・・
(―ヤバイかもしれない)
何か殺気プンプンだったもの。行くまでに1人ヤッてないといいけれど。南無南無。
まだまだ時間はあったけれどあんな殺気をあびちゃあとてもじゃないけど眠れそうにはない。シャワーを浴びて目を覚まして色々準備してから行こう。
最も、自分が行くまでに彼の怒りが多少は治まってるといいのだけれど。 ふぁ・・・と軽く欠伸をして、ルナはベッドから足を降ろした。





それでもオギの執務室まで出向いていかねばならないのは勇気がいった。此処までが長い、いや短い。夜までは時間があるし、カインにはメモを残して家を出た。これで色々雑務をしたら帰り際に買い物でもして行こう。冷蔵庫もからになりつつある。彼の執務室の前でそう決めて、ドアノブに手をかけた。
コンコンッ
「どうぞ」
「失礼します」
部屋の中はシックな色合いがとても素敵な、シンプルな所だった。こういうトコ入るのってなかなかないものね。もうパッと見て、一つ一つが調度品だとわかる。オギは太陽を背にして、テーブルでカチカチとPCを打った後、手を止めてこちらに顔を上げた。
「久しぶりかな」
「そうですね」
穏やかに微笑むダンディな笑顔に、一体どれだけの婦人が落ちるのだろうか、と考えて、こちらも口元に小さく笑みを刻んで笑った。
「どうかな、進展具合は」
「・・・・・・・・1歩進んで、といったところですかね」
「というと?」
「犯人の顔がおぼろげながらつかめてきたのですが、それ以降進展がなくて。証拠なら一発でしょう。遺体の牙痕と犯人のものを照合させればいいわけですから」
「カインでも?」
「ええ。感覚のみですが、ヴァンパイアであることは五部五部でしょう。ヴァンパイアならばそれらしい気配も読めるんでしょうが、今回は何故か断定できない件がいくつかあります。気配を消しているのか、別の方法か。それが難点でもあります。瞳の色は緑、髪は茶髪。それを読んだのは私ですが。動機も分からない。闇雲に殺しているのかもしれませんが」
「ヴァンパイアが犯人と、そうじゃないのが犯人と二通り見える、ということだね。そして動機が見えないと」
「ええ」
どうぞ、と資料を渡す。オギはそれを一通りざっと目を通し、なるほど、と頷いていた。
そして何かを考え込んでしまった。しばらく彼が考えるのを見守っていると、オギがゆっくりと口を開く。
「案外、単純かもしれないな」
「?」
「理由なんてな、ヒトであろうとなかろうと、深く根付く程に単純なものはそうそう転がってはいまいよ。それこそ恋と同じだ。そうだろう?」
そうふられて、ちょっとドキッとしてしまう。顔に出さずに飲み込んで、ルナは笑った。
「そうですね」
「まあこれはまたじっくり目を通しておくよ。・・・・カインは今日は?」
「日中ですから、寝ているのかと」
「おや、めずらしい」
「何がです」
オギは目を丸くして、本当に驚いているようだった。
「カインが寝ているなんて、最近は聞かなかったからな。あれは監獄で2時間仮眠すればいいほうだった」
「!・・・そうだったんですか」
それは初耳だった。いくらヴァンパイアでも寝なければ身体が持たないだろうに。オギは卓上で組んだ手に顎をのせてこちらを見上げた。
「・・・君のことが、よほど気に入ったと見える」
「・・・・・・どう答えて良いかわかりません」
「いい意味だよルナ。・・・・事件の方、犠牲者が増えないうちに早く何か掴んでおくれ。今日はもう良いよ。帰ってカインを安心させておあげ」
「・・・・・・はい」
「嗚呼、それで今回の忘れていた件は付けといてあげよう」
「ぐっ・・・すみませ・・・」
「行くといい」
「失礼します・・・」
そのまま頭を下げて、ルナは黙って執務室を後にした。甘く見すぎた、と心から自分を叱責しながら。

















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