「おい」
「・・・・・」
「おいうぜぇよバカ女」
「バカとは何よ!」
思わず反応してから彼女はハッとした。そのうちにきまずそうになって顔を背ける。さっきからそればっかりだ。レイはもう何度目かになるため息をついた。
外は今朝から雨が降り、どうやら1日じゅう降りそうだぁ・・・とぼやいていた所を突然彼女は扉を超のつくほどの音量で開け放って入ってきたのだった。

手を使わずに。

能力者は感情が不安定になりやすい分コントロールも倍にして訓練する。そうでなければ薬で抑えるほど、その抑制が難しい。暴発すればどんな種類であれ人を殺せると知ったのは最近だ。
ルナはその難しいの上位クラスだったから、よく覚えていた。薬は嫌だとごねて、コントロール訓練を毎日厳しくやっている。
その彼女が先程まで怒りに任せて・・・おそらくだが扉を開け放った。相当なスネ方をしている・・・とレイは思ったので、ただ黙って鎮静効果のある薬を混ぜた紅茶を手渡した。多分バレるがこっちは人命を揺るがしかねない。
コツコツ、とペンでデスクを叩きながら、向かいのソファに座りテーブルの一点ばかりを見つめる彼女に悪態をつく。当然だ時間の無駄め。 「そのうぜぇ空気何とかしろよぉルナ。皆腐らす気か」
「うっさいジジィ黙っときな」
あさっての方向を見ながら悪態返しをしてくる彼女にチッ、と舌打ちを返す。悪態が返せるなら自制心はあろうからとりあえず物や人をぶっ壊す気はないらしい。ここまで情緒不安定な彼女もしかし珍しかった。何が、いや誰が。頬杖をついたまましばし考えて、彼女に向けて言い放つ。
「・・・・・男とケンカでもしたかぁ」
「っ・・・!」

ガチャン!

ビクッと明らかな動揺を見せ、なおかつ手に持っていたティーカップを落とした。こんなに動揺した女をそう見逃そうはずもない。レイは目を丸くした。
(マジかぁ)
見た目も良くて器量もそこそこ、無鉄砲が玉に傷。でもそこそこにいい女。少なくとも言い寄る男はいないわけはないとは思っていたが。
(マジでいた訳・・・ねぇ)
知らず渇いていた唇を思わず舐めて、一呼吸置く。彼女を見た。動揺しているのは変わらないが、なんというか。
(うっぜぇ・・・なぁ)
顔をしかめて思わず心の中で呻く動作をした。イチャイチャもよそでやってくれと言いたい。溜め息が出た。おじさん疲れるわ。
「おいバカ」
「黙れ変態」
ブチッ。
「ッ・・この減らず口め・・此処にいても何も変わんねーだろがっ!とっとと頭下げるなり謝るなりチューするなりしてこいカス!」
「ちっ・・・!変態!!」
思わずルナは顔を赤くして反論した。
「アドバイスだ事実だろーがっ!悪いと思ったら謝るだろ!」
「キスはしないわよっ!」
赤くなって反論してくるルナにほとほと呆れ果てた。キスはした仲かさては。
「あーもーどっちでもいいわ!」
これ以上付き合っていられない、とばかりにレイは頭を抱え、そのままガシガシと掻いた。嗚呼オンナってやつは、これだから。
「ったく・・・」
ハーッと大げさにため息をついて、白衣のポケットからシガレットケースを取り出し、一本とって火をつける。口腔内に流れ込んでくる煙を一気に吸い込む。23度繰り返したところでようやく脳が落ち着きを取り戻してきた。これこれ。

ピピピピピピピピ!

そうしたところでデスクの携帯からありきたりな規則正しい音が鳴り響いた。
うおお落ち着いたの台無しじゃねえか畜生。
受信ボタンをピッっとならして耳に近づける。
「こちらレイ。・・・ああアンタか・・」
そんな自問自答と悪戦苦闘する彼を、ルナは興味本位でずっと見つめていた。
あ、電話通話モードにしやがった。よっぽど聴かれたくない事でもあるのかしらね。
傍らのデスクにふと目をやると、沢山の霊石が綺麗にならべてあった。水晶・ラピスラズリ・オニキス・サファイヤ・・・レイの研究室にはこういうのが多い。能力者研究をしているせいか。彼は己の研究はいつもオカルトと紙一重だと言っている。
(能力者と、オカルトね。確かにそうかも)
ルナは呟いてうんうんと頷いた。
そうでなければ、全く別物であったなら、化物扱いされる事もなかったかもしれない。
―化物。悪魔。
膝を抱え、ぎゅっと身体を丸めた。今思い出してもおぞましい。
難事件の陰で活躍する私達だけれど、いつもそう非難され、罵倒される。能力者は神が許した悪魔の産物。だから警察機関が管理するべきだ、と。
(―ある意味でカインと似た存在なのかもしれない・・・・)
そう思った所でハッとなって自嘲した。
うぬぼれている。
そう思ったら、次は涙がこみ上げてきた。鼻の奥がツンとなる。視界が涙で滲んでいく。
ああ。私・・・
(嗚呼・・・好きなんだ)
膝の間に顔を埋めて、少しだけ泣いた。想うだけで胸の中がキュンとなってじんわりと熱くなる。想うだけでこんなにも苦しい。
(うぬぼれちゃうくらい・・・好きなんだ・・・・・)
いまさら、何でそんな事が分かるんだろう。何でいまさら。
「おいバカ女寝るなよ」
突然に降ってきたおっさんのだみ声に意識があっという間に戻された。人が感傷に浸ってる時にっ・・・
「・・・・・・寝てないわよおっさん」
「おっさんは余計だオカラ頭め。カスカスのまま聞けこのやろう仕事だいって来いそして現場行け帰ってくんなよ」
「・・・・・・どこで息してるわけ?」
ブッ。
あ、血管見えてる。怒らせたかな?
目の前に立ちそびえる男の額には軽く青い血管が2.3本浮き上がっていた。顔も・・・怒っている。
自分の前で組んだ腕をそのままに、彼は低く呻いた。
「・・・・・Mr.オギが呼んでる。報告に来い、だとさ」
「?・・・・月一はもう済んだけどなあ・・・なんだろ」
しぶしぶ思い腰を上げて、じゃあ行くわねとレイに声をかけた。
おーおーさっさと行きやがれ、と何ともふてぶてしい声が返ってきたので、思わず苦笑した。彼らしいと言うか、何と言うか。
出口のドアに手をかけた時にふと思い出して、ルナは室内にいる彼にレイ、と声をかけた。
だみ声が、んぁ゛?と返ってくる。

「ありがと」

静かにしまった扉を見つめて、レイはほっと安堵したようにタバコを取り出しながら苦笑した。
「・・・・やっと行ったかぁバカ。ホンと物壊されなくて助かったぜ・・・ひゃひゃ」
そして傍にあった霊石を一つ、いとおしそうに撫でた。


















NEXTBACKHOME


ŠHONなびŠ  dabun-doumei←ランキング参加中です。面白かったら押していただけると励みになります